北村からのメッセージ

 第87回(6月1日)拉致解決へ首相再訪朝 成果に賛否両論

 小泉首相は5月22日、電撃的に北朝鮮を訪問し、金正日総書記との首脳会談で、拉致被害者の蓮池薫さんと地村保志さんの家族5人の帰国と安否不明の拉致被害者10人について再調査することで合意。5人は同夜、政府専用予備機で帰国し、1年7ヶ月ぶりに父母との再会を喜び合いました。曽我ひとみさんは、「脱走兵」である元米兵の夫が来日を希望しないため、娘2人を含む家族4人が中国の北京で再会する運びです。このように2度目の首相再訪朝は一定の成果を上げましたが、人道支援の割に何一つ新たな情報がもたらされなかった拉致被害者家族連絡会は同夜、首相の訪朝報告を待ち受けたホテルで、首相を激しく突き上げました。与野党内でも家族5人の無事帰国に対する評価と、安否不明者の再調査や核・ミサイル問題で明確な進展がないまま、25万トンの食糧と1千万ドルの医薬品の人道支援を約束したことへの批判が渦を巻いています。だが、各紙の世論調査では6割以上が評価し、内閣支持率も向上しており、幸い参院選への影響はなさそうです。

 正常化へ8項目合意

 「敵対から友好へ、対立から協調へ。02年9月に署名した日朝平壌宣言を誠実に履行し、国交正常化を図りたい」――。自らの首相在任中に国交正常化の実現を目指す首相は、拉致や核・ミサイル問題の「包括的な解決」を前提に首脳会談に臨み、@日朝平壌宣言は「日朝関係の基礎」と再確認A拉致被害者の蓮池・地村さん夫妻の両家族5人が帰国、曽我さんは夫のチャールズ・ジェンキンス氏ら家族3人と北京などで再開することに合意B金総書記は安否不明者について、「白紙の状況で再調査する」と約束C金総書記が「朝鮮半島の非核化が目標、6カ国協議を活用して平和的解決に向けて努力したい」と表明D北朝鮮の弾道ミサイルの発射実験の凍結を再確認E小泉首相が「北朝鮮が日朝平壌宣言を遵守する限り、日本は改正外為法と特定船舶入港禁止法(案)による制裁発動はしない」と表明F首相は国際機関を通じ、25万トンの食糧と1千万ドル相当の医薬品を人道支援すると表明G日朝国交正常化交渉再開で大筋一致――の8項目で合意に達しました。

 慣例無視の屈辱外交

 日程発表後1週間しかない準備期間の割には、盛り沢山な会談内容でした。首相の再訪朝は、5月4日に中国・北京で開かれた日朝協議(外務省の田中均外務審議官、藪中三十二アジア大洋州局長らが出席)で具体化しました。当初は6月22日説、5月下旬説など色々噂されましたが、「首相にも国民年金の未加入期間があった」ことが週刊誌に掲載されるという14日に突如発表されました。この日は、小沢一郎氏が民主党の新代表就任を受託した日(後に辞退)でもあり、マスコミは「年金隠しと小沢記事の矮小化」を狙った極めて政略的な訪朝と揶揄しました。北朝鮮の専門家、重村智計・早大教授も「空港出迎えは非礼にも外務次官で日本なら局長級。歓迎式典もなく、会談場所も市街から離れた大同江迎賓館。会談は北朝鮮の思惑通りに運ばれた。外交敗北だ」と手厳しいコメントをしました。「拉致被害者家族を受け取るだけなら、何もトップが相互主義の外交慣例を無視してまで2度も訪朝することはない。土下座外交だ」という声は識者の間にも多くあります。

 2枚のカードで実利獲得

 北朝鮮にしてみれば、拉致問題のうち家族5人の帰国と安否不明者調査の再開約束というわずか2枚のカードを切るだけで、人道支援の食糧25万トンや「制裁発動中止」の言質を取り付けるなど多くの実利を獲得しました。さらに「日本は今後、在日朝鮮人に差別を行わず、友好的に対応する」との約束を取り付けました。これは、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)施設への課税、貨客船・万景峰号の検査などを巡り、今後の対応の緩和を日本に迫ると同時に、今国会で審議中の特定船舶入港禁止法案や成立した改正外為法を牽制したものです。北朝鮮は同夜のテレビで差別撤廃や人道支援を真っ先に成果として報道しました。仮に経済制裁が発動されれば、日本からのカネとモノは止まり、北朝鮮経済の息の根が止まるほどの威力が発揮されるため、北朝鮮は昨年末から水面下の交渉で拉致家族の帰国と引き替えに、これらの虫のいい様々な要求を打診してきたといわれています。

 逆に身代金80億円要求

 拉致は日本の国家主権と日本国民の人権を侵した重大な国家犯罪。謝罪のうえ、まずは罪を償い、現状回復で家族の帰国を即時・無条件で実現すべきところ。「拉致問題は処理済み」と1年7ヶ月もそっぽを向いたあげく、安否不明者の「再調査」には応じず、逆に解放の代償に人道支援を求め、ちゃっかり朝鮮総連の差別撤廃を要求してきました。かつて某週刊誌は「家族1人の帰国の身代金は10億円で計80億円」と報じましたが、今回のコメ25万トンは70億円、医薬品1千万ドルを11億円と計算すれば雑誌通りの計80億円です。「家族1人をコメ5万トンと計算したのだろうが、コメも医薬品も困窮者には渡らず党幹部に支給され、人道的支援にはなるまい。国税の無駄遣いだ」と家族連絡会は批判しています。また、「政府は安否不明者に関する150の調査項目を北朝鮮に提出してあるのにゼロ回答だ。首相は会談時間を30分間も切り上げるなら、なぜ午後も会談を再開し、第1回会談以降の安否不明者の情報を確認しなかったのか」と不満を述べています。

 東京財団チームが5提言

 東京財団の「朝鮮半島情勢の中長期展望と日本」研究プロジェクトは5月11日、「金正日政権に対する価値判断を下すべきとき」をテーマに、西岡力・東京基督教大教授が「政体変更を目指す日米韓朝諸勢力間の協力強化を」と題する総括提言を行ったほか、@金正日の核武装の恐るべき実態を直視せよ(恵谷治・ジャーナリスト)A日本は経済制裁を発動せよ、政府は北朝鮮専門組織を作れ(平田隆太郎・拉致日本人救出全国協「救う会」事務局長)B国連安保理決議1441号の規定を対北朝鮮政策にも適用せよ(島田洋一・福井県立大教授)C日米議会は「北朝鮮民主化法=仮称」を早期に策定せよ(李英和・関西大助教授)D韓国・中国政府にも圧力を行使せよ(島田教授)――の5項目を提言、首相の訪朝に厳しい注文をつけました。西岡氏は総括提言で「日韓両国民を大量に拉致して返さず朝鮮戦争を仕掛け、大韓機爆破など多くのテロを行い、自国民を飢えさせながら、ミサイルと大量破壊兵器で武装している金正日独裁政権は、ブッシュ米大統領が”悪の枢軸”と断定した通り”悪”である。加害者の金政権と被害者の北朝鮮人民を同一視すべきではないが、日本政府は金政権に”悪”との価値判断を明確に下し、北朝鮮の政体変更を政策目標に据えよ」と提言しました。

 飢餓輸出防止に不買運動

 一方の平田事務局長は、「我が子をさらって返そうともしない隣家と人・モノ・カネの交流を断つのは、消極的だが自然の人情だ。人さらいにコメを支援するのがどんなに異常かも明白。非道に対し怒りを持たない方がおかしい。日本人の怒りの意思を、北朝鮮産品の不買運動で表すべきだ。ひとさらいと商売は別という行為が甘く見られ、1人の拉致が百人の拉致になったことを反省し、民間でも出来る経済制裁を行うべきだ。北朝鮮産品による外貨が、金正日ファミリーの贅沢品や北朝鮮の武装強化に役立っているとすればなおさらだ。金正日は子供達を動員してアサリやハマグリなどを採取させ、それを外貨獲得用に全量輸出している。飢餓輸出に加えて児童労働の強制である。北朝鮮のやせた田んぼには、肥料の素になる有機物の堆肥が必要だが、土に戻すべき稲藁も輸出させている。これも典型的な飢餓輸出。経済制裁は逆に北朝鮮人民に有利だ。北朝鮮軍を支える大半の部品は日本製で容易に代替がきかない」と述べ、人道支援や経済制裁の中止に反対しました。

 「最悪の結果」と家族会

 「帰国したら直ちに家族会の皆さんとお会いし、会談の状況を報告したい」――。拉致家族と一緒に帰国する心証を得ていた首相は、意気揚揚と訪朝しました。北朝鮮が「拉致は処理済み」の態度を撤回し、金総書記からは@安否不明者は「白紙で再調査」A核問題は6カ国協議で努力B弾道ミサイル実験凍結の再確認――の言質を取り付けたことで、会談の成果を拉致被害者に胸を張って自慢出来ると思っていたようです。ところが、東京財団の研究プロジェクトが提言した内容は、拉致被害者家族連絡会内部にも浸透しており、連絡会は首相が首脳会談で安否不明者10人の真相究明を徹底的に行わず、人道支援、経済制裁中止を約束したことに怒りを爆発させました。同会の飯塚繁雄副代表は「人道支援の言葉は格好いいが、取引に使われたと誰しも感じている。子供の使いに等しい」と記者会見でまず不満をぶち上げました。横田滋代表は、ホテルでの首相の訪朝報告に対し、「北朝鮮の実利だけが通った最悪の結果だ」と怒り、増元照明事務局次長は「2回も金総書記に騙されて帰って、総理にはプライドがあるのか」となじり、首相を憮然とさせました。

 「一定の前進」と与党幹部

 首相は「国際機関の要請を踏まえ、国際機関を通じて食糧支援などを行うので、(帰国などの)見返りではない。米国も韓国も人道支援を行っており、日本も国際社会の応分の責任を果たしたい」と記者会見でも反論しましたが、家族5人の帰国だけで拉致問題の「幕引き」となることを恐れる拉致被害者家族連絡会は、翌日も街頭演説に繰り出すなど新たな活動を展開しています。「対北朝鮮交渉はトップがやらないと進展しない。各部分で一定の前進を勝ち取った」(神崎武法・公明党代表)と自民・公明両党幹部は評価し、野党も家族5人の帰国実現を歓迎する談話を発表しましたが、人道支援など会談の中身については民主党が国会で厳しく追及しました。@家族8人全員の帰国A安否不明者の真相解明・調査の道筋明確化B拉致の疑いがある特定失跡者の調査――を強く要求してきた超党派の拉致議連は「食糧支援は身代金的だ」と批判。会長の平沼赳夫会長(前経済産業相)は「首相が行った割にはお粗末で非常に不満足。特定船舶入港禁止法案を成立させ、発動することが必要」と述べました。自公民3党は同法案の修正を協議、今国会の成立を確認しました。

 参院選にはプラス効果

 首相は帰国後直ちに与党党首会談や政府・与党連絡会議などで会談結果を報告、理解を求めましたが、首相経験者との会談では、中曽根康弘元首相が「安否不明者名を一人ひとり挙げて意見を聞くなど時間をかけて金総書記の認識を改めることが大切ではなかったか」と苦言を呈し、25日の閣僚懇談会でも中川昭一産業経済相が「会談時間が1時間半とは短すぎる」と同様に批判するなど、政府与党内部の評価も大きく割れました。しかし、外交は国家の安全と繁栄、国際平和を念頭に、一国のリーダーが全責任を持って取り組むべきもの。人道支援の多寡や会談時間の長短などで成果を云々すべきではありません。国内で賛否が分かれていると北朝鮮に足元を見られるだけです。私は首相があくまでも国益に沿って今後も全力投球し立派に国交正常化を果たして頂きたいと期待しています。幸い家族5人帰国の喜びがテレビで連日放映されたせいか、世論調査では「評価する」が朝日67%、読売63%、毎日62%、日経65%と軒並みに高く、内閣支持率も朝日54%、読売54・5%、毎日58%、日経56%といずれも前回より8〜11ポイントも上昇しています。世論は次回折衝の圧力となり、参院選では大いにプラス効果が期待できそうです。