北村からのメッセージ

 

 第42回(6月1日) 総領事館事件の波紋 危機管理に本腰を              


 5月末から始まったサッカー・ワールドカップ(W杯)に日本列島は沸き立っています。県立国見高の連戦連勝で長崎県にはサッカーファンが多く、皆さんも日本代表に盛んな声援を送っておられることでしょう。日韓共催のW杯は、両国間の活発な交流と相互理解を深めました。しかし、中国遼寧省瀋陽で起きた日本総領事館事件は、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)はもとより、日中韓3国関係に複雑な波紋を描きました。事件は中国に拘束されていた北朝鮮の住民5人が5月23日、マニラ経由で韓国に亡命、2週間ぶりに決着しましたが、ロイター通信は、中国滞留中の北朝鮮住民数千人がW杯の期間中、船舶で韓国に密航するとの噂を流しています。ならば、フーリガン騒動どころではありません。

 延長巡り駆け引き

 もちろん、総領事館事件は国会審議にも影響を与えました。事件のさなか、鈴木宗男代議士“側近”の佐藤優・前外務省国際情報局主任分析官が背任容疑で逮捕され、同月22日と27日には衆参両院の予算委で日本外交を巡る集中審議が行われ、外務省の及び腰と無責任の姿勢が厳しく追及されました。外交官は国家主権、国益、国際ルールを守り、在外邦人を保護するのが最大使命。外交機密費の無駄遣いでセレモニー外交にうつつを抜かしていては救いようがありません。構造改革で国民の支持を得たはずの小泉内閣は、「官僚の不始末」、「政治とカネ」の問題に足を取られ、予算関連の健保法改正案や有事関連3法案、郵政関連4法案、個人情報保護法案など「4大法案」は、まだ1本も成立していません。さて国会は6月19日まで残りわずか。会期延長を巡る駆け引きが活発化しています。

 危機管理が最大課題

 BSE(牛海綿状脳症)の4頭目発覚、偽装牛肉事件で雪印食品の元専務逮捕など相次ぐ暗い事件に加え、マンション購入をめぐる詐欺容疑で逮捕された大阪高検の前公安部長、保険金殺人容疑で逮捕された福岡県の女性看護師4人など恐ろしい世になったものです。前公安部長は山口組系暴力団組長に高級クラブで10数回の接待を受け、共犯関係にあったというから、司法の番犬が実は狼だったわけ。4人の看護師は睡眠薬入りの酒などで次々と夫を殺した疑いが持たれていることから、般若のような鬼女が白衣の天子に化けて現れたようなもの。教育の荒廃、宗教の喪失が徳義を忘れた人間を作り出しています。こうしたあまりにも醜悪な犯罪に対する国民の怒りと閉塞感が、政治不信に置き換えられつつあります。内外で度重なる異常事態と各界に蔓延する組織劣化・制度疲労に、政府が積極果敢に対応出来るかどうか。構造改革よりも身辺に迫る異常事態の危機管理、リスキーな社会の改造とセキュリティー確保こそが政治への信頼を取り戻す最大の課題といえましょう。

 衝撃的なテレビ映像

 瀋陽の日本総領事館事件は、人権優先の立場で5人の北朝鮮住民を第三国経由で韓国に亡命させ、日中関係にしこりを残したまま、2週間ぶりにようやく決着しました。門の鉄柵にしがみつき泣き叫ぶ婦人を羽交い締めに押し倒して連行する中国の武装警官。恐怖に怯える幼女の顔。茶の間に繰り返し流された衝撃的なテレビ映像で、中国側がウイーン条約で定める「領事機関の公館の不可侵」に違反していることは明白。外務省は直ちに駐日中国大使を呼び、5人の身柄引き渡しと中国側の陳謝、再発防止の保証を強く要求しました。これに対し中国側は「領事館の安全を保証する義務があり、副領事の同意を得て領事館に入り、領事が中国側から状況を聞き、中国公安職員が5人を連行することに合意し、謝意を表した」と主張、同意の有無などを巡って“藪の中”の論争を展開しました。

 陳謝要求は当然

 「女性や子供がいて、領事官を襲おうとする人間ではない」と川口外相がいうように、中国側がテロ行為などから領事館の安全を保証したのではなく、領事館の不可侵権つまり国家主権を土足で踏みにじったのに対し、現状回復と陳謝を要求するのは当然でしょう。民主党は現地調査団を派遣、「事件のさなか、査証担当副領事が武装警察の大隊長と握手を交わし、会計担当領事が一旦正門に出向きながら、対応せずに総領事館内に戻った」などの調査結果を発表しました。小泉首相は「日本がダメだーーと非をあげつらうのは、あまりにも自虐主義ではないか」と激しく批判しました。確かに主権問題で毅然とした態度を示さず、利敵行為と取れる調査報告を現地で発表する野党の態度には呆れるばかりです。

 お粗末な外務省

 それにしても、副領事が体を張って武装警官の婦女子連行を阻止するどころか、散乱した警官の帽子を拾ってやる姿がビデオで流れたり、一家5人から米国亡命を希望する英語と朝鮮語の文書を手渡された警察出身の副領事が「読めない」ことを理由に受理しなかったり、ビザ申請待合室に逃げ込んだ男性2人を防犯カメラが録画していなかったなど、領事館側の不手際、怠慢が続々明るみに出、外務省のお粗末さがさらけ出されました。政府与党連絡会議では「中国側の調査発表が早いのはいかがなものか」(野田毅保守党首)「在外公館の危機管理を見直す必要がある」(神崎武法公明党代表)など厳しい意見が出され、自民党の外交関係合同部会でも外相や幹部の責任を追及し、更迭要求が噴き上がりました。特に対中国の多額なODA(途上国援助)予算を削減すべきだとの声が高まりました。

 人道的措置で解決

 「中国は自らの落ち度は認めず、決して国際法違反は認めない」(外務省幹部)国だし、日本も国家主権に関わる問題で譲るわけにはいかず、双方メンツの張り合いが続きました。しかし、今年は日中国交正常化30周年。総領事館の5人拘留事件が長引けば日中関係は深刻な影響を受けます。その狭間で韓国は、5人家族を北朝鮮に強制送還すれば極刑が待っているとして「人道的措置」の亡命を強く求めました。強制送還すれば国際社会の批判を受けるとみた中国は、結局、「人道」を最優先し、第三国経由で拘留家族の亡命を認め、日中両国間の緊張も和らぎました。今後は亡命・難民問題が大きな課題となります。

 W杯期間に数千人亡命?

 「第二次大戦中の杉原千畝・元リトアニア総領事は、ナチスの目を盗んで約6千人のユダヤ人にビザを発給、和製シンドラーと賞賛された。在外公館はこの気骨を学ぶべきだ。日本も亡命・難民問題に真剣に取り組むべき時がきた」――。警察・防衛官僚OBで危機問題の大家である佐々淳行氏は最近のテレビ番組でこう語りました。昨年の北京の国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)への駆け込み事件以降、今春からスペイン、ドイツ、米国の各大使館に北朝鮮住民の亡命希望が相次ぎ、いずれも第三国経由で韓国行きが果たされました。冒頭に述べたように、「W杯の期間中、北朝鮮難民数千人を韓国に密航計画」とのロイター電が真実となれば、テロ行為やフーリガン対策以上の警戒が必要でしょう。

 飢餓逃れ難民30万人

 読売新聞によると、北朝鮮は農業政策の失敗で80年代から生産性が低下、これにソ連・東欧の社会主義体制の崩壊で安価な輸入食糧が減少、おまけに豪雨や干ばつに見舞われ、未曾有の食糧危機に陥っています。金日成主席の死後、全住民に対する配給制度は事実上崩壊し、全人口の10数%に過ぎない約300万人の労働党員などエリート階層だけが配給を受けているようです。90年代に入って食糧難がさらに深刻化し、飢餓から逃れて中国東北部(旧満州)に脱出した不法在住者は30万人を数えるといわれています。金日成氏のチェ(主体)思想に共鳴した在日朝鮮人は、60年代に日本人妻を連れて約10万人が帰国しましたが、日本での豊かな生活が忘れられず、日本帰還の希望者が多いようです。

 誤解の阿南大使発言

 阿南惟茂・駐中国大使は事件直前に「(ビデオに)撮られられても構わない。北朝鮮の亡命者が大使館に入ってくれば不審者として追い出せ」との趣旨の指示をしたとして、予算委で厳しく追及されました。これは、亡命多発に対処する内部会議で「一旦公館内に入った場合は人道的見地から保護し、第三国への移動等の適切な処理をする。他方、テロ等の事件が様々ある中で警戒を一層厳重にするのは当然で、身元の分からない不審者が大使館に入ろうとする場合は、侵入を阻止して門の外で事情を聞くべきだ」と訓示したのをマスコミが短絡的に報道し、誤解を招いたようです。日本は昭和26年の難民条約批准以来、基本的には政治亡命を認めず、経済難民も受け入れていません。追い返せば迫害を受けることが明白な亡命希望者が在外公館に入ってきた場合は、厳格な審査のうえ人道的に受け入れ、第三国経由で希望国へ送るが、単に豊かな生活を求める難民は拒否してきました。

 逆に密入国者の犯罪多発

 しかし、グローバル化の21世紀に、日本だけが亡命・難民問題で“厄介者”と冷淡な態度を取り続けることが可能でしょうか。日本は難民認定のハードルが高いうえ、難民申請が出来る期間を入国時から原則60日以内に限るなどのバリアー(障壁)があります。01年に日本国内で認定を申請した難民約350人に対し認定したのは24人に過ぎず、英国の約1万人、フランスの約5千人に比べ、極端に少なく「日本は非人道的な国だ」とのレッテルを貼られています。また、一時滞在でも入国審査が厳しいため、逆に香港マフィアの蛇頭(スネークヘッド)などが1人200万円もの斡旋料を取って中国などから密入国させるケースが多く、不法滞在者は低賃金で中小企業や3K(危険、汚い、きつい)職場で苛酷な労働に従事しています。こうした犯罪組織の暗躍で高級自動車や宝石、金庫などの窃盗団が国内にはびこるなど、無防備国家日本の大きな治安問題に発展しています。

 多角的、総合的検討を

 阿南大使の発言に見られるように日本は亡命・難民の受け入れに消極的で、小泉首相も国会答弁で「難民を受け入れるべきだと言えば、新たな国内問題になる」と慎重姿勢を示しました。だが、少子高齢化が進む中での就労問題などから与党内にも「難民にもっと門戸を開放せよ」「日本の純血主義は考え直すべきだ」との意見が出ています。法務省は総領事館事件をきっかけに、出入国管理政策懇談会(法相の私的懇談会)に「難民部会」を新設、出入国管理と難民認定法の改正を検討することになりました。亡命・難民問題は“能天気”な外務官僚を責めるだけでなく、日中友好、ODAの効果的運用、雇用・治安対策など、政治の立場から多角的、総合的に検討すべき時がきていると私は考えております。