第362回(12月16日)成長と分配の好循環策 ダブル選の波紋
 政府自民党は2016年度予算編成に全力を挙げています。1億総活躍・災害・TPPなどの対策に約3・3兆円の15年度補正予算、これに連結して97兆円の16年度当初予算で計100 兆円超という史上最大の予算案を編成。アベノミクス「新3本の矢」で公約した「GDP600兆円」「出生率1・8%」「介護離職ゼロ」――を達成する方針です。首相は11〜13日にインドを訪問、多彩な外遊を締めくくりました。中国の経済減速や原油安などでデフレ脱却は多少足踏み状態ですが、首相は企業の内部留保を設備投資とさらなる賃上げに回し景気浮揚を図るよう財界に要請しています。新安保法制でやや陰りが見えた各紙の内閣支持率は50%近くに上昇、日経平均株価も一時2万円台を回復。与党は補正と本予算を年度内に成立させ、切れ目ない施策で成長と分配の好循環を実現、来夏の参院選で大勝する戦略を描いています。野党はアベノミクス3本の矢は手段に過ぎず、新しい3本の矢も単に目標を示した「的」でしかなく「空手形」のスローガンだと酷評。衆参ダブル選が囁かれる状況下で開く来年早々の通常国会で厳しく追及する構えです。一層のご支援をお願い申し上げます。

GDPは10増だが鈍い成長
 アベノミクス「3本の矢」は @異次元 ・ 大胆な金融緩和 A積極的な財政出動 B成長戦略――が骨子でした。円安や原油安を追い風に、輸出増の大企業を中心に企業収益は順調で4〜6月期の全産業の経常利益は前年同期比23.8%増の20兆2881億円と過去最高。安倍政権はこうした企業の儲けが設備投資や賃上げに向かい、上から富が滴り落ちる「トリクルダウン」でデフレの完全脱却、経済再生の好循環が起きると期待しました。ところが賃金上昇は大企業に偏って下請け ・ 中小企業との格差が増大。11月16日発表の速報値で7〜9月期の国内総生産(GDP)は2期連続マイナス成長。これを8日、新たな統計を基に計算をし直して設備投資が0.6%増となり、速報段階の1.3%減から1.0%増のプラスに上方修正されました。だが企業の設備投資は伸びず内部留保は過去最高の354兆円で11年度比70兆円も積み上がっています。自主運用で効果を上げていた年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が7〜9月期、中国経済の減速による世界同時株安の影響で、7.8兆円の運用損を出したことも懸念材料です。加えて日銀の黒田東彦総裁が公約した2%の物価上昇の目標達成時期は、10月末の金融政策決定会合で「2016年度前半ごろ」から「後半ごろ」に再び先送りされ、「黒田バズーカ」砲といわれた大規模金融緩和の威力は失われつつあります。そこで首相は経済財政諮問会議で「新3本の矢」推進策を検討。榊原定征経団連会長ら経済3団体と連合のトップが参加した「政労使会議」、「官民対話」で来年のさらなる賃上げと設備投資を要請。財界は「法人税実効税率の20%台引き下げ」を強く要望しました。

新3本の矢で1億総活躍社会実現
 「来年度の引き上げ幅を確実に上乗せして早期に20%台に引き上げる道筋を付けたい」――首相は11月26日に発表した「1億総活躍社会」対策の中で、来年度税制改正の柱である法人税の実効税率を20%台に引き下げると表明。首相は安保法制成立後、「1にも2にも経済だ」と成長への好循環策に切り替えました。しかし、非正規雇用が4割を占める格差社会、年金の目減りなどの不満と生活不安から、消費が停滞し潜在成長率が下がったと見て、「成長と分配の好循環」政策として「新3本の矢」を打ち出したものです。現行の法人実効税率は32.11%です。政府は16年度に31.33%に引き下げることまでは昨年末に決定済みで、自民党税調はこれまで「数年後に20%台を目指す」とし、16年度改正には慎重でした。だが、首相や財界の前倒し要請を受け入れて16年度は29.97%、18年度は29.74%に引き下げ、20%台に収めることを決定。中小企業には、新たに導入する機械などの固定資産税を50%軽減する案をまとめ、10日決定の16年度の与党税制改正大綱に盛り込みました。法人税減税で減る1兆円規模の財源確保策は、赤字企業にも課税する外形標準課税の拡大で対応します。経団連は業績が回復しつつある企業への課税負担が重くなるとして外形標準課税の拡大に反対してきましたが、法人税率の引き下げは、国際競争力を高めるためや設備投資にも繋がる効果があるとして協力姿勢に転じています。

軽減税率1兆円、食品全般が対象
 税制改正の最大焦点である消費増税と同時に導入する軽減税率は、12日の自公両党幹事長会談でようやく決着。17年4月から酒類と外食を除いて、菓子と飲料を含む加工食品と生鮮食品の食品全般を対象とすることで大筋合意に達しました。小売店など事業者は21年4月から、請求書などに税率や税額を明記するインボイス(税額票)を導入。当面は現在の請求書の書式を生かした簡素な経理方式を認めます。年1兆円規模となる財源は、16年度末までに安定的な恒久財源を確保し、財政健全化目標を堅持します。これまでの協議では、医療費などを国が補助する「総合合算制度」新設の見送りで浮く約4千億円の財源は確保されていましたが、この財源では自民党が主張した生鮮食品と精米が精一杯。公明党の主張する「酒類を除く全食料品」だと1兆円、外食を入れると1.3兆円に膨らむため両党折衝は難航。谷垣禎一自民、井上義久公明両党幹事長は中国訪問中も協議を重ねましたが、財源1兆円で合意した結果、穴埋めの6千億円の財源探しが今後の課題です。与党が10日にまとめた税制改正大綱は @自動車取得税を17年3月末に廃止して翌4月に燃費性能に応じた新たな税を設ける A指定された一般用医薬品(市販薬)の年間購入額が1 万2千円を超える分は課税所得から控除する新制度を17年に導入 B高齢者の孤立化防止、子育て支援のため親 ・ 子 ・ 孫の3世代が同居する住宅の改築費の一部を所得税から控除できる制度を設ける C通勤手当は所得税・住民税を課さない上限額を16年1月以降、10万円から15万円に引き上げ、都市から地方への移住を後押しするD遊休農地の課税は強化するが、「農地バンク」への長期貸し出しは税負担を軽減し農地の集約化を促す――など盛り沢山です。

経済成長率倍に押し上げ600兆円
 アベノミクス「新3本の矢」のうち、第1の矢は、名目の国内総生産(GDP)を600兆円に拡大するもの。2014年度は1.6%だった経済成長率を倍近い名目3%に押し上げ、この成長率を20年度まで維持し、14年度の名目GDPの491兆円に110兆円ほど上積みし、600兆円を達成させるというものです。110兆円の内訳は、賃上げ・物価上昇、環太平洋連携協定(TPP)など交易条件の改善、2019年のラグビーワールドカップ、20年の東京五輪の訪日外国人による消費効果などで50兆円、実質GDPの増加で60兆円を見込んでいます。第2の矢は現在1.42%の出生率を20年代半ばまでに1.8%まで上げ、第3の矢は介護を理由に退職する人を20年代初頭にゼロにするというもの。政府は少子高齢化の要因について、若年層に非正規雇用が拡大して賃金が低下、結婚や出産に踏み切れない人が増えたことや、長期間労働が仕事と家庭の両立を妨げていることなどを挙げています。だが、高齢者や女性の就職促進がなければ2030年の就業者は790万人も減少すると見て、財界にはさらなる賃上げと非正規社員の正規雇用化を要望。厚労省は現在798円(時給)の最低賃金を全国平均1000円に引き上げる目標を掲げ、企業に要請しています。

3本矢は手段に過ぎず単に的と野党
 景気回復による賃上げの恩恵が受けられない層をマスコミは「下流老人」などと表現していますが、政府は低所得の年金受給者約1250万人を対象に1人当たり3万円を給付する方針です。しかし「1億総活躍社会」を目指す明確な総合対策は見当たらず、民主党の岡田克也代表は11月の衆院予算委閉会中審査で、「一体何が矢で何が的なのか。非常に分かりにくい」と質しました。野党はアベノミクス「3本の矢」が手段に過ぎず「新3本の矢」は単に目標を示した「的」でしかないと批判しています。政府は24日に16年度当初予算案を閣議決定する方針です。一般会計は15年度当初予算(96兆3420億円)より1兆円近く増え、過去最大を更新する見通しです。各省庁の概算要求は総額102.41億円でしたが、財務省はこれを5兆円以上圧縮する考えで臨んでいます。最大の焦点は社会保障費で、医療サービスの公定価格である診療報酬の引き下げを通じて16年度以降は年5千億円弱の伸びに抑え、公共事業費は既存インフラ(社会基盤)の維持などに重点を置き、横ばいの6兆円程度に留めています。義務教育費などの政策経費も15年度と同水準。地方交付税交付金は地方税収の増加を見込み、数千億円カットしました。一方、防衛費(15年度4・9兆円)は中国の海洋進出を睨んで離島の防衛強化の費用などが増え、初めて5兆円台になりました。

野党の選挙態勢整う前にダブル選
 首相は12日、インドでモディ首相と会談、中国の海洋進出を睨み、日本からの防衛装備品・技術移転の協定締結で大筋合意、日本の原発輸出に繋がる平和利用の原子力協定の締結、インドの高速鉄道への新幹線システム導入などで合意、トップセールスを続けました。こうした中、自民党幹部が相次いで「衆参ダブル選の可能性」に言及し波紋を描いています。11月27日夜、自民党若手衆院議員との会食に招かれた首相が「1人1人と写真を撮りましょう」とツーショット写真の撮影を申し出たのが発端。翌28日には、佐藤勉国対委員長が党所属議員の会合で、「甘く見ないで、来年ダブル選挙があるかもしれない」と述べ、谷垣幹事長も29日の立党大会後の記者会見で、同日選に関する質問に、「決め打ちで『こうする』と言うわけでもないだろう。常在戦場、色々可能性はある。首相が決めること」と答えました。伊達忠一参院幹事長も1日の会見で、「参院選は非常に厳しい。だから(衆参)両方でやることの相乗効果はある」と述べ、下村博文総裁特別補佐は2日、都内の会合で挨拶し、「憲法改正できるかどうかは今度の参院選にかかっている。来年7月はダブル選の可能性もないとは言えない」と述べました。いずれも観測気球の域を出ていませんが、1980年と86年の同日選で自民党はいずれも圧勝しており、環太平洋経済連携協定(TPP)の国会承認や17年4月の消費税率10%へ引き上げなど懸念材料が多いだけに、野党の選挙態勢が整う前にダブル選に踏み切った方が得策との見方が自民党内で序々に広がっています。

公明は戦力分散を恐れ拒否反応
 1月4日に召集される通常国会の会期末は延長がなければ6月1日。参院選は6月23日公示−7月10日投開票など2、3案が想定されますが、6月1日に衆院を解散すれば同日選が理論上可能となります。自民党内には10%への消費増税で景気が冷え込めば、与党が不利な戦いになるとして来年中に総選挙を実施すべきだ、と野党に揺さぶりをかけています。しかし、公明党はダブル選に強い拒否反応を示すばかり。同党は参院選で選挙区に7人を擁立する方針で、支持母体の創価学会は会員の住民票を一時的に移し替える選挙戦術が恒例。ダブル選で戦力が分散するのは避けたいのが本音です。これまで衆院選で候補を立てない選挙区では自民候補支援の選挙協力の実績から、党幹部は「自民党が勝てると思うならやればいい」と突き放して牽制。自民党の二階俊博総務会長も「いっぺんに信を問うのは参院に失礼な話」と不快感を示しています。一方、野党は岡田民主党代表が「来年中の衆院選の可能性はかなり高い」と危機感を強め共闘態勢の構築に腐心しています。維新の党は6日の臨時党大会で代表選を行った結果、松野頼久代表を再選。松野氏は維新、民主両党を中心に他野党にも呼びかけ年内に統一会派を結成、来夏参院選前に新党設立を目指す考えを表明。翌7日に岡田代表と会談し年内に民主・維新の統一会派を結成することで合意しました。衆院は92人、参院で64人の会派勢力となり各委の委員長や委員数、質問時間が増え国会運営が有利になります。だが、民主党は解党 ・ 合流に難色を示しています。