北村からのメッセージ

 

 第35回(2月10日) 作り育てる漁業 フグなど陸上養殖

寸前暗黒の政界とはよく言ったもの。雪印食品による牛肉の産地偽装事件、アフガン支援のNGO参加拒否問題、おまけに政治家秘書による脱税疑惑など血税をむさぼる事件が相次ぎ、通常国会は冒頭から波乱含み。困ったことに所得税の確定申告期で国民の怒りをかき立てています。小泉首相は「苦渋の決断」で外相、外務事務次官を更迭し、01年度第2次補正予算を成立させたものの、国会は険しい雲行き。2月から02年度予算案の審議に入っていますが、3月の金融危機が叫ばれる中で企業倒産や雇用、景気はどうなるか。衆院予算委を舞台に、医療制度、特殊法人の改革、有事法制を巡る与野党の論戦も一層白熱化しそうです。しかし、戦線が色々拡大しただけに、攻防の姿はまだ見えてきません。そこで、しばし政局から目を離し、私の専門分野である農水問題を考えてみましょう。

 参院議長のたらふく会

 厳冬はフグがおいしい季節ですね。佐藤政権時代に3期9年間も参院議長を務めた故・重宗雄三氏は、東京・南九段の「ふく源」に政財界首脳をよく集めて、タラとフグの料理を沢山食べる「たらふく会」を開きました。山口出身の故・佐藤栄作元首相もフグが大好きでふく源の常連でしたが、同店は9−3月の冬場シーズンだけの営業で、会席料金は最低でも1回4−5万円という殿様商売。キロ当たりウン万円もする“福呼ぶフグ”は庶民にとって高嶺の花です。ところが最近、東京、大阪など大都会では刺身、チリ、揚げ物などトラフグの全コース料理が1980円で食べられる破格のチェーン店が増えています。

 長崎の養殖マップ

 これは、養殖が普及、しかも、陸上養殖が軌道に乗りつつあるからです。ちなみに、離島の多い長崎県の養殖マップを紹介しましょう。私の故郷、五島列島には約20カ所、壱岐に6カ所、対馬に約10カ所、平戸などの漁港、漁村地帯に約30カ所もあり、施設数は鰤類が13、鯛類が9、トラフグ、ヒラメ、真珠が各5、あこや貝、スッポンが各3、車エビが2、そのほか、アワビ、ひおうぎ、アサリ、海苔、ワカメなどと多彩です。このうち、トラフグ、ヒラメ、アワビ、車エビ、スッポンは陸上でも養殖されています。

 有機物の負荷高まる

 このように長崎県だけでも約70カ所の養殖場を抱えていますが、鰤、鯛類の主要魚種は主に海面の小割式生け簀で養殖されており、残餌、糞などが海水中の放出され、有機物の負荷が一段と高まっています。また、陸上の廃棄物で汚染された富栄養の排水が河口から海水に流入、植物性プランクトンによる赤潮が異常発生して酸欠状態を起こし、逃げ場のない養殖魚が全滅するケースが目立っています。また、陸上養殖が普及しているヒラメでも、排水を特別処理しないで放出するケースが多く、有機物負荷は著しく増大しています。水質汚染は諫早湾だけの問題ではなく、日本の近海は至るところ危険がいっぱいです。

 陸上養殖に重機参入

 そこで、水産庁は環境創出型の養殖技術を開発することとし、平成10年度から5カ年計画で「閉鎖循環式」の高度水質管理と陸上養殖の2システムを民間に委託して開発に乗り出しています。国庫補助率は2分の1で、同12年度の700万円をピークに同13年度665万円、最終年次の14年度も508・7万円の予算を計上しています。民間の実施主体はジャパンアクアテックのほか、面白いことに、三菱重工業、ヤンマーディーゼル、松下電工といった、本来水産業とはあまり関わりのない重機部門の企業がグループリーダーとして参入しています。

 最適環境で飼育

 環境創出型養殖とは、給餌養殖の際に生じる残飼、糞など有機物の負荷を海洋環境に放出しないよう、自然界から隔離した人口空間で、魚に最適な環境を人為的に創出するもの。つまり、飼育する水槽を高度に浄化する閉鎖循環式システムを用いて、溶存酸素、水温、塩分濃度、水流、照明など飼育環境が最適な状態に整えられた飼育場で養殖することで、魚のストレスや病気の発生を抑え、生産性を高めようとするものです。同システムを開発してきたマリノフォーラム21(東京・台東区)は、平成10年度から長崎県松浦市の5トン水槽3基でトラフグの陸上養殖を実験していますが、着実に開発成果を上げています。

 共食いに揺らぎ効果
トラフグは共食いの習性があることから、これまでは歯を折って飼育していましたが、閉鎖循環式システムの実験では、トラフグの心拍数をもとに音や光、水流などを工夫し“揺らぎ効果”の中で飼育した結果、トラフグがストレスを感じないためか、共食いもなく生存率が高く、平均体重も刺身に出来る750グラムに成長、食味テストでも天然物に劣らない味が出るなど、事業化のめどが立ってきました。マリノフォーラム21はオニオコゼの飼育も実験しています。ただし、昨年の毎日新聞によると、同社が島原市で平成12年5月から開始した長崎特産・ホシガレイの陸上養殖は、初年度は不調に終わったようです。

 ホシガレイ育たず

 これは、約9センチのホシガレイの稚魚約1500尾を実験棟に放流、給餌、魚病対策、海水の殺菌処理技術などの研究に取り組みましたが、昨年1月はじめにほとんどが死に、残ったものも30−340グラムまでしか育たなかったそうです。長崎県漁業公社島原事業所の話として、「ヒラメに比べ、口が小さく餌食いが悪い。どの程度の水質まで耐えるのかなど、まだ分からない点が多い」と毎日は報じましたが、同じ条件で養殖したヒラメは約800グラムにまで生育しており、「陸上養殖への明るい見通しがついた」ようです。

 養殖率は年々上昇

 同フォーラムは「海を汚さず、少人数で高品質な魚を養殖し、安定した生産システムを研究している。確立されれば山の中でも養殖が可能になる」と自信を深めていますが、フグやホシガレイなどが東京では1キロ当たり1万円前後で取り引きされている高級魚であることを思えば、陸上養殖は明るい展望を持った企業といえましょう。1998年の日本の漁業・養殖業の生産量は668.4万トン(対前年比9.9%減)で減少傾向にあり、そのうち養殖業の占める割合は19.3%(前年18,1%)で、10年前の89年が11.5%だったことを思えば、年々上昇率が高まっています。

 魚介類の自給率没落

 また、国際的な漁獲量の制限や近海の水質悪化、漁業従事者の高齢化などにより、漁業生産量が減少した半面、輸入が急拡大しています。魚介類の食糧自給率は20年前の95%、10年前の80%から98年現在では57%まで没落しています。このため、農林水産省は2010年に自給率を66%に引き上げる努力目標を掲げ、「作り育てる漁業」「環境保全」「新しい養殖技術の開発」を推進しており、とりわけ陸上養殖に力を入れています。

 漁業の3K解放

 水産庁や民間企業が閉鎖循環式陸上養殖を推奨する理由としては、@水質管理が可能なため、海洋汚染の心配がないきれいな水で魚を飼育できるA高性能な浄化装置で排泄物や残餌を除去するため、海や河川を汚さないB温度や水質を最適にコントロールするため、成長を促進し寒冷地でも高密度の年中飼育が可能C台風などの影響を受けない全天候型飼育ができるD沿岸だけでなく山間部や休耕田などでもOKで、設置場所の制約を受けないE屋内の飼育で管理が容易なため、漁業の3K(きつい、危険、高齢化)から解放され高齢者やハンディキャップのある人にも飼育が可能――などを挙げています。

 市場規模100億円?

 環境(グリーン&クリーン)分野への取り組みを強化している松下電工は、浄化槽やアルカリイオン浄水器など長年培った水浄化技術を活かし、滋賀県高島郡の実証実験場・近畿フィッシュファームで、近畿大の協力を得て閉鎖循環式陸上養殖機器の本格実験に入っています。養殖対象はトラフグ、ヒラメ、オコゼ、車エビの4種で、03年には10億円の売り上げが目標。市場規模は50−100億円まで拡大できると見込み、ニュービジネスに育て上げようとしています。松下は大阪の門真本社工場内でもヒラメの飼育実験を行うほどの熱の入れようです。販売ターゲットは、養殖関係業者や地域の栽培漁業センターばかりでなく、自治体の地域活性化事業や「安全、安心な魚」が“売り”の流通・外食産業の新事業などに絞り込んでいます。

 毒気薄い養殖フグ

 このように、異業種が陸上養殖機器の開発に参入、陸上養殖が普及してきたお陰で、トラフグのコース料理が都会では2千円以下の低価格で食べられるようになりました。しかし、養殖産のフグには毒性が薄いようです。約20年前、梨園の名優がフグに当たって亡くなりましたが、本物のフグ通は、石鹸水をコップに用意していて、唇がしびれてきたら急いで石鹸水を飲んで胃を洗浄すると聞いています。関西では、フグチリを“鉄っチリ”と呼ぶように、毒に当たれば死ぬフグを鉄砲魚と称していますが、毒気の全くないフグではカワハギなど白身の魚と大して変わりがありません。やはり、フグの味覚とスリルを楽しむには、玄界灘の荒波にもまれた長崎産・天然フグの方がよろしいようです。