第260回(9月16日)どじょう内閣発足 攻めにくい相手
 野田内閣が9月2日に発足しました。組閣では「怨念を超えた政治」を念頭に、党内融和を最大に配慮し小沢グループから2閣僚を、鳩山Gを除く党内各Gからも満遍なく起用。しかも、首相自身が戦後3番目の若さであるのに加え、40歳代から5閣僚を抜擢、世代交代を強く印象付けました。首相は同日の記者会見で@東日本大震災からの復旧・復興が内閣の最優先課題A円高で産業空洞化の危機にある中小企業対策などに万全を期すB待ったなしの財政再建には徹底的な無駄削減と行政刷新を推進する――と決意を表明しました。自らを泥の中で汗をかく「どじょう首相」と称し、首相就任後も1000円散髪に通う庶民派宰相の内閣支持率は、各メディアの世論調査でも50〜70%へとV字回復しました。自民党は第3次補正予算の成立まで協力した後は、衆院解散・総選挙に追い込む構えです。だが、公明党が早期解散を嫌っているうえ庶民宰相は攻めにくい相手。ご祝儀相場が続く可能性もあり、当面は民主党マニフェストの見直しと増税問題など3党合意の完全実施を迫り、対決姿勢を一段と盛り上げます。なお一層のご支援、ご叱正をお願い申し上げます。

低姿勢の小渕元首相に似た手口
 「どじょうのように泥臭い政治をとことんやり抜くと言った首相は“冷めたピザ“と呼ばれた小渕恵三元首相に似ている」――と真っ先にフジテレビ番組で述べたのは「小渕政権616日」を書いた政治コラムニスト・後藤謙次氏(元共同通信編集局長)でした。1998年7月、自民党が参院選で惨敗し、橋本龍太郎首相が辞任した後を小渕氏は引き継いだものの当時も景気が悪く、ねじれ国会乗り切りに悩んでいました。橋本氏に比べ小渕氏は知名度も低く地味で、本人はボキャブラリーのなさを「ボキャ貧」と自称。組閣では宮沢喜一元首相を三顧の礼で蔵相に迎えたり、誰にでも電話を掛け捲るので「ブッチホン」と揶揄されました。この腰の低くさを米紙は「冷めたピザほどの魅力しかない」と酷評しました。野党にも低姿勢で同年秋の金融国会では、野党案を丸呑みして金融再生法を成立させ、自自公連立政権を作り上げました。その際、野中広務官房長官が「悪魔」呼ばわりしていた自由党党首の小沢一郎氏に「ひれ伏してでもご協力いただきたい」と連立を打診したことは有名。だが連立政権は選挙協力問題がこじれ00年3月末に自由党が離脱しました。

ダジャレ飛ばす演説上手は定評
 「凡庸、調整型。よく言えば西郷的親分肌」と評された野田氏も小渕氏に劣らぬ地味なタイプ。それが代表選では、小渕氏の自自公連立を意識してか、「101回プロポーズしても大連立を」と自公両党に秋波を送り続け、今も3党実務者協議の設置を唱え、小渕氏同様、野党提案の丸呑みも辞さぬ構えを見せています。代表選の演説では、貧乏で披露宴もしなかった農村出の両親の下で育った幼少年期から説き起こし、ヤマ場では自らを「どじょう」に例え、「どじょうには金魚の真似をしても出来ない持ち味がある。泥臭く国民のために汗をかいて政治を前進させる」と訴えて党員の心をつかみ予想以上の票を集めました。早大雄弁会で鳴らした小渕氏と同様、演説のうまさには定評があります。早大卒後、松下政経塾の1期生となった首相は86年の千葉県議選に出馬して以来、閣僚に就任するまでの24年間、「辻立ち説法」を欠かさず、「駅前留学はノバ、駅前演説は野田」「努力すれば、浮動票は不動の票になる」――などダジャレを飛ばして聴衆を引き付け、09年7月の衆院本会議では小泉元首相が次男・進次郎氏を後継指名したことを「ルパンだって3世までですよ。小泉家の4世はやはりおかしい」とユーモアたっぷりに世襲政治を批判しました。

後見人・細川元首相が会談仲介
 しかし、周到でしたたかな面は小渕氏よりうわてです。4日の読売インタビューに応じた細川護煕元首相は「松下政経塾の評議員だった頃、内田健三東海大教授(元共同通信論説委員長)と私で、政経塾の若い人で『誰が伸びるか』と話した時、『あの寡黙な男がいい』と一致した」と語り、8月20日頃に都内ホテルで40分間の「野田―小沢会談」を仲介し、出馬演説でも助言したことを明らかにしました。細川氏は1992年に日本新党を創立、翌年の総選挙では野田、前原誠司、海江田万里の3氏(いずれも今回の代表選に出馬)らが初陣を飾って日本新党は躍進。小沢氏に担がれて細川政権を樹立しました。細川氏にとって野田氏は子飼いスター。細川氏は「種を蒔いた人がそれぞれの畑で育ち、野田さんが大輪の花を咲かせてくれた」と大喜び。会談を仲介したのは「2人とも長く一緒の党にいて話したことがないというので、顔合わせをさせた」と述べていますが、前号のHPに書いたように「小沢氏接近のトップを切った」のは野田氏で、後見人の細川氏にも懇請して会談が実現したと見られます。それが証拠に代表就任後は真っ先に小沢氏側近の輿石東参院議員会長を幹事長に口説き落とし、組閣では小沢グループから閣僚2人を起用、「怨念政治打破」の党内融和を実証しました。松下政経塾後輩の前原氏を政調会長に、玄葉光一郎氏を戦後最年少で外相に起用したのも同塾評議員だった細川氏の恩義に報いたものです。

選挙絡み公明は早期解散に異議
細川元首相の政務秘書官・成田憲彦駿河台大大学院教授も内閣官房参与に迎え入れました。「脱小沢」「親小沢」が先鋭化した代表選で小沢陣営は、有力候補・前原氏の対抗馬に小沢傀儡の海江田氏を擁立しましたが、野田氏に流れそうな票に対しては締め付けず、むしろ2・3位連合で野田氏が2位に着くことを陰で密かに支援していた節があります。それは組閣後、小沢氏が「なかなかバランスのいい人事だ」と側近の山岡賢次国家公安委員長に囁いた言葉にも現れています。一方、注目すべきは公明党への対応です。8月末の自民党全議員・選挙区支部長懇談会で谷垣禎一総裁は「一刻も早く解散に追い込み、政権を奪還する」と力を込め、大連立を模索していた大島理森副総裁も「2年で2人の首相を退陣に追い込んだ。政権奪還のスタートにしたい」と述べ、第3次補正予算成立後に解散・総選挙に追い込む決意を表明しました。先に公明党も「民主党との大連立は組まず、3党合意の履行を迫り3次補正には協力する」までは一致しています。ところが、公明党は総選挙による政治空白で復興が遅れることや、違憲状態の判決が出た現行の選挙制度の改正が必要との考えから、早期解散には異議を唱えており、両党の足並みは多少乱れが生じています。

公明期待の比例代表重視に協力
そこへくさびを打ち込もうとしているのが野田政権。野田氏は代表選で自公民3党の大連立を唱え、機が熟さぬと見るや3党実務者協議を提案しています。民主党が真に望んでいるのは数のうえで参院のねじれが解消できる公明党との連立で、菅前首相も熱心にアプローチしましたが、山口那津男代表が拒否してきました。そこで目を付けたのが連携の鍵となる選挙制度の改革です。現行制度の下で議席を減らした公明党は、違憲判決を好機と捕らえ、現行の「小選挙区比例代表並立制」を改め、少数政党に有利な「小選挙区比例代表連用制」を目指しています。野田氏は「成田氏を起用したいがどうだろうか」と公明党幹部に打診したと言います。細川元首相の政務秘書官だった成田氏は、諸外国の内閣制度や選挙制度に詳しく、公明党の政治改革本部でも選挙制度について前に講演、公明党が期待する比例代表重視の選挙制度を唱えています。選挙制度の搦め手から公明党に迫り、自公蜜月の離反を画策するあたり、ただ者ではありません。1日の米倉弘昌経団連会長との会談でも、「いろんな会議を作り直す。経団連にぜひとも協力を」と要請、6日には各府省事務次官を官邸に集め、これまでの「政治主導」を引っ込め政府への協力を要請しました。

臨時国会は3党合意巡り早火花
 「政治家だけで世の中を良くしていくことは出来ない。ぜひ心と力を合わせて日本のために働こうではありませんか」――と首相は訴え、今後大震災の復旧・復興事業を協議する「各府省連絡会議」をかつての「事務次官会議」に復活させる考えを示し、財界には経済財政運営の司令塔の機能を果たした自公政権下の「経済財政諮問会議」の復活を提言しました。普天間の基地移設問題で迷走の限りを尽くした鳩山政権、消費増税や脱原発依存など日替わりメニュー的にポピュリズム(大衆迎合)のスローガンを掲げ、何一つ実現出来なかった菅政権。それに比べ、地味な風貌で目立たないながらも、「ノーサイド人事」で党内融和に尽くし、公明党や財界、官僚に気配りを見せるところは自民党にとって極めて攻めにくい相手です。しかし、新政権発足の直後、牛歩の雨台風12号が列島を直撃してほぼ縦断、和歌山、奈良、三重3県を中心に100人超の犠牲者を出し、菅内閣と同様、野田内閣は大天災の対応に追われました。首相は8日から3日間、東北、関西の被災地を相次ぎ見舞いましたが、緩慢な対応で現地では早くも不満が高まっています。 おまけに、見舞いの視察に同行した鉢呂吉雄経済産業相が、福島原発周辺を、「人っ子一人いない死のまち」と表現したり、帰京後の記者会見で防災服の袖を記者にすりつける仕草をして、「ほら、放射能」と悪ふざけをし被災者の心情を傷つけたため、引責辞任しました。舌禍閣僚は他にも多く居そうです。野党は衆参両院の予算委で首相の任命責任を追及する方針です。 朝日の川柳に「『高支持率』 どうじょう内閣――国民」というのがありましたが、「岩盤崩壊」寸前の民主党政権に「同情」は禁物です。短期の臨時国会は13日に召集され、14日から首相の所信表明に対する衆参両院の代表質問が行われていますが、第3次補正予算の編成や増税、民主党のマニフェストの見直し問題で早くも与野党が論戦の火花を散らしています。


露に領土打診、復興税制に腐心
首相は6日、中韓露の3首脳と国連事務総長に就任挨拶の電話をし、中国とは首相の早期訪中や観光・文化など人的交流。韓国とは北朝鮮の日本人拉致問題で協力要請。ロシアとは首相が「真の友好関係を築くには、領土問題を解決して平和条約の締結が必要だ」と指摘、メドべージェフ大統領が「領土問題は静かで良好な雰囲気の中で議論する用意がある」と応じるなど、まずまずの成果。21日に訪米し国連総会での演説や日米首脳会談に臨みますが、日米機軸外交をどれだけ深められるか注目されます。10月に再召集される臨時国会に提出する第3次補正予算案は、復旧・復興の総事業費を10年間で23兆円と見積もり、当初の5年間でインフラ復旧や被災者の生活再建費に19兆円を使う計画が菅政権の手で決定しました。既に1次、2次補正で手当てした約6兆円を差し引くと約13兆円ですが、1次補正で流用した年金財源穴埋め分の2・5兆円を合わせた計15・5兆円を捻出する必要があります。当初は、このうち3兆円はこども手当の減額や公務員の人件費削減などでカバーし、残り12・5兆円は10兆円程度の復興債発行と郵政株などの売却で賄う筋書きでした。復興債の返済財源には12年度から臨時増税に踏み切る方針です。

早くも問われるリーダーの資質
復興(臨時)増税の規模、税目などは、政府と民主党の両税制調査会で検討のうえ、今月中に与野党協議を済ませ、10月中旬に国会へ提出する方針です。だが、代表選では各候補が増税に慎重意見を述べ、党内には小沢グループなど反対勢力が多いことから、議論の取りまとめは困難視されます。首相は「無駄遣いを徹底的に排除する」と公務員制度改革に力を入れていますが、第3次補正の成否が野田丸の前途を占う試金石となります。また、首相が初外遊でどのような外交戦略を示し、国会や予算編成でいかなる国家ビジョンを明示して官僚組織を動かすことが出来るか。早くもリーダーの資質が問われています。