北村の政治活動

 (平成14年10月1日) 日朝首脳会談 成果の陰に安保の脅威

 8人死亡、わずか5人生存――。拉致被害家族にとって、何と痛ましく、むごい結果であったろうか。怒りの衝撃が日本列島を走った。日朝首脳会談の平壌宣言を踏まえ、国交正常化交渉が今月(10月)中にも再開される。米国、韓国をはじめ近隣諸国は首脳会談を高く評価し、国民も小泉首相の決断を支持し、各紙の世論調査では内閣支持率が60数%に回復した。しかし、国民はテロ国家を浮き彫りにした北朝鮮に反発感情を深め、経済協力を容認したわけではない。むしろ、怒りを一気に高め、交渉再開の前提に被害者家族が求める北朝鮮の文書による謝罪と補償、死亡した詳しい経緯、生存者の帰国実現など、拉致事件の早期決着を望んでいる。国民世論を無視した外交はあり得ない。今回の北朝鮮外交の手口や工作船の近海出没を見ても、日本の安全保障が好転する兆しはない。基地の町出身の私としては身を引き締めて、守りの備えを強化しなければならないと感じている。

 「悪の枢軸」制裁の恐怖

 「拉致疑惑を含め国交正常化問題を包括的に話し合いたい。政治生命をかけて行く」――。小泉首相は出発前、悲壮な決意を述べた。首相の胸中には、北朝鮮との重い扉を開くことは鳩山一郎政権の訪ソ、田中角栄政権の訪中に匹敵する歴史的大事業であり、訪朝が成功すれば政権浮揚の決め手になるとの期待感があった。だが、失敗すれば政権維持に大打撃となる両刃の剣でもあった。それだけに1年の年月を掛け、訪朝の準備工作は水面下で入念に進められた。首相決断の背景には北朝鮮を取り巻く情勢の変化がある。米国のクリントン前政権時代には核開発疑惑で緊迫、北朝鮮は核開発の放棄と引き替えに軽水炉建設の合意を取り付けるという「瀬戸際外交」で切り抜けた。しかし、ブッシュ現政権は同時多発テロ以降、北朝鮮をイラク、イランと並ぶテロ支援国家の「悪の枢軸」と決めつけ、イラクへの先制攻撃の次には核査察に難色を示す北朝鮮に矛先を向ける恐れが出てきた。

 どん底の経済

 一方、朝日新聞によると、北朝鮮の経済はどん底で、製造業は機械の老朽化と原材料、エネルギー不足で操業率は30%以下。農業も90年代半ばの水害や干ばつで大打撃を受け、多数の餓死者を出し、今年度の食糧はなお約130万トンを外国に依存せざるを得ない状況だ。配給制度は1部廃止され、コメは約550倍に暴騰、農民(自由)市場では公定価格の数十倍から数百倍の値段で生活用品や食料品が売買され、賃金を15−20倍に引き上げても追いつかないという。これが中国などへ数万人も逃げ出す、「脱北者」を増加させている。こうした最悪の経済状態を打開するには日本から経済協力を引き出す以外にない。また、日本との関係改善を通じて日米同盟国の米国へ接近を図り、国家の安全を維持したい――。この一心から、拉致問題を「日本の謀略、デマ」と抗議し、行方不明者としか認めなかった金正日総書記は、首脳会談で「特殊機関の一部で妄動、英雄主義があった」とあっさり拉致を認めて謝罪、不審船も特殊部隊がやったと国家的犯罪を認めた。

 したたかな北朝鮮外交

 平壌宣言では「日本は国交正常化後、北朝鮮に経済協力を実施」する前提に「両国は戦前の財産・請求権を放棄」を明確にし、過去の韓国との国交正常化方式に沿って過去を清算することに合意している。安全問題でも「北朝鮮はミサイル発射モラトリアム(凍結)を2003年以降も延長。両国は核問題解決のため国際的合意を順守」する旨を確認、米国が満足する内容となっている。外務省の幹部は「北朝鮮はベタ折れした。政府の努力を評価してほしい」と胸を張ったというが、国際的に孤立した北朝鮮がせっぱ詰まった国情から歩み寄ってきたのは事実のようだ。外務省も外交機密費の不祥事、瀋陽総領事館の不始末など失点続きの中で、汚名返上とばかり懸命な努力したことは一応評価できるだろう。しかし、したたかな「瀬戸際外交」を繰り出してきた北朝鮮の方が一枚上手だった。

 日本側のお詫びだけ

 北朝鮮が拉致被害者の安否を伝えてきたのは、会談開始の30分前に急遽設定された事務打合せ会議だったという。その席で死亡者8人の衝撃的なメモが手渡されたわけだが、小泉首相は沈痛な表情を浮かべて絶句。第1回会談では金総書記が「近くて遠き国は20世紀の遺物」などと愛嬌を振りまいたのに対し、首相は拉致問題で激しく抗議した。首相は会談後の昼食も持参した弁当のおにぎり2個のうち1個しか食べず、「謝罪がなければ、宣言に署名すべきではない」との安倍晋三官房副長官の慎重発言にうなずいたという。こうした雰囲気を盗聴?していたのか、第2回会談の冒頭、金総書記は、拉致の事実を認め「遺憾なことだった。率直にお詫びしたい」と謝罪した。しかし、平壌宣言には「日本は植民地支配で朝鮮の人々に多大な損害と苦痛を与えたことに、痛切な反省と心からのお詫びを表明」と一方的に書かれているだけで、拉致問題については1行も触れていない。

 「処刑された」と家族

 「日本国民の生命と安全に関わる懸案が今後生じることがないよう、北朝鮮は適切に措置」するとの表現で拉致、不審船問題を片付け、経済協力では、正常化後に、無償資金協力、低金利の長期借款供与、国際機関を通じた人道的支援――などで合意したことが詳しく盛り込まれている。平壌宣言は会談の20日前に合意に達していたというが、首相はそれを無修正でサインしたことになる。衆院外務委員会でも追及を受けたが、当然、外務の事務方は死亡者多数の新事態に対応して、帰国時間を延ばしても金総書記の謝罪を盛り込むなど、国民の納得いく宣言文に修正すべきではなかったか。もともと外務省には、国交正常化に比べ、拉致事件は小さな問題と受け止める空気が強く、北朝鮮には絶えず及び腰の外交姿勢を取り続けてきた。さらに、未確認情報として家族に対する死亡年月日リストの公表を2日遅らせたことに家族は怒り、同日死亡という不自然な死亡月日を示された家族は「処刑された」と胸を振るわせた。世論調査で高い内閣支持率を出した国民も、犯罪国家の本性を現した北朝鮮と秘密主義の外務省に一層の不信感を強めている。

 返礼はミサイル実験

 「こんな“ならず者国家”に経済協力すれば、軍事力増強に使われるだけだ」、「マスコミは大韓民国を韓国と書きながら、何の負い目で北朝鮮だけをカッコ付きで朝鮮民主主義人民共和国とフルネームで表記するのか」「誘拐犯が死亡人質の無事を装い、莫大な身代金を要求してきた構図に似ている。2枚、3枚舌の外交にだまされてはいけない」――。わが選挙区でも支持者の声は怒りに満ちている。金総書記は会談直前の14日、共同通信社のインタビューで、悲劇を生んだ拉致問題でさえ「今大きくない問題をもって中傷し、互いに手足を縛っている」と些事のごとく切り捨てた。日本は95年から6回にわたり計118万トンの食糧を人道支援で供与してきた。それに対する金総書記の返礼というか“ご挨拶”が、98年の日本上空を飛び越え三陸沖に落ちたテポドン1号のミサイル実験だった。これを北朝鮮は人工衛星の実験だったと澄まして欺いたことを忘れてはならない。

 ノドン百基の脅威

 テポドンの射程2千キロは米国にも届きかねないので米国は警戒を強めているが、平壌宣言に「来年度以降もミサイルの発射凍結を延長」と書かれたことで米国は一応満足した。しかし、北朝鮮は、日本全土をほぼ射程に入れたノドン1号を100基配備しているのに、宣言にはノドンも全然触れられていない。2250万国民のうち100万人が朝鮮人民軍という「軍事優先」の路線を堅持し、国民が餓死しようとも平然と軍備に資金を投入する軍事独裁国家だ。支持者が心配するように、正常化後に日本の経済協力が軍事力増強に使われる懸念は十分にある。日朝会談が迫った時点でも日本海に工作船を派遣し挑発する国で、潜伏工作員も多いと聞く。奄美大島沖で引き揚げられた不審船には、P3C哨戒機を撃墜できる対空ミサイルや拉致用か麻薬密輸用とおぼしき小型快速艇まで積んであった。

 パンドラの箱

 正常化交渉が不首尾の場合、追いつめられた北朝鮮は日本にノドンの攻撃をかけ、金総書記は再び「あれも特殊機関の妄動、特殊部隊の反乱」と平然とうそぶくかもしれない。83年のラングーン爆弾テロ事件や87年の大韓機爆破事件を実行した国際テロ国家だ。攻撃を想定すれば東京の首都機能ばかりでなく、軍港など軍事施設が真っ先に狙われる危険性は大きい。小泉首相は重い扉を開いたが、扉はパンドラの箱の蓋であるかも知れない。中から希望ではなく魑魅魍魎が飛び出し、日本列島を引っかき回しはしないか。国交正常化よりも私は新たな“緊張”に備え、日本全土の安全保障に誠心誠意取り組む決意である。