第366回(7月16日) 鯨フォーラムの話題(下) クロミンク鯨 333 頭捕獲
 反捕鯨団体の批判が強まる逆風の中で、新南極海鯨類科学調査計画の第1回調査は昨年12月1日から115日間、日新丸、勇新丸など4隻の調査船で実施された。調査期間中は北部海域での悪天候に悩まされたが、後半の南部海域では天候に恵まれた上、反捕鯨団体による妨害もなく、目標の標本数であるクロミンク鯨333頭 (雄103、雌230) を捕獲できた。雌の90.2%は妊娠しており、南極海のクロミンク鯨資源の繁殖状況は健全であることが分かった。回遊経路を調べるためクロミンクの7頭に衛星標識装置を装着し、そのうちの1頭から約3週間にわたる位置情報の受信に成功した。調査では鯨類の目視情報をはじめ、クロミンク鯨の生物学的情報、その餌の南極オキアミの資源量や海洋環境情報などを収集。目視調査ではシロナガス鯨やナガス鯨、ヒゲ鯨、マッコウ鯨、シャチ、ハクジラ5種を発見。最も発見頭数が多かったのはクロミンク鯨の1563頭、次いでザトウ鯨の1452頭、シャチの259頭、ヒレナガゴンドウの198頭の順に多かった。捕獲した鯨からは年齢査定に必要な耳垢栓と水晶体、栄養判定に必要な脂皮厚など生物学的情報を収集。胃の内容物は主要な餌として南極オキアミ、コオリオキアミが認められた。

鯨フォーラムで6項目の東京宣言
 こうした調査捕鯨を踏まえ、5月に東京で初めて開かれた全国鯨フォーラム2016では、 ①わが国固有の捕鯨の伝統と鯨食文化は先代からの誇るべき財産であり、次世代への継承は我々の使命 ②東日本大震災で未曾有の被害を受け、復興途上にある我々同志の捕鯨地域を引き続き支援 ③沿岸小型捕鯨によるミンク鯨の捕獲枠確保は沿岸捕鯨地域の住民にとって長年の悲願で、フォーラムの最優先事項として早期解決を求める ④南極海、北西太平洋の鯨類科学調査の継続実施を強く支持し、その成果や意義を広く国民に周知 ⑤世界人口増加による食糧不足に備え、海洋生物資源の持続的利用は重要な施策であり、捕鯨技術の伝承に努める ⑥若い世代に鯨食を増大させることが捕鯨文化と鯨食文化の継承に緊要であるため、学校給食への鯨肉供給をさらに拡充 ―― の6項目を東京宣言として採択した。

長崎の鯨肉 ・ 工芸品店 8 軒を紹介
 フォーラムには北海道の釧路 ・ 網走 ・ 函館3市と浜中 ・ 乙部両町、岩手県山田町、宮城県の石巻市 ・ 女川町、東京都小笠原村、千葉県南房総市、静岡県伊東市、和歌山県の岩出 ・ 田辺 ・ 新宮3市と串本 ・ 太地 ・ 古座川 ・ 那智勝浦4町に北山村、石川県能登町、三重県熊野市、大阪府堺市、山口県の下関 ・ 長門両市、高知県室戸市、佐賀県唐津市、長崎県の長崎 ・ 壱岐 ・ 平戸3市と新上五島 ・ 東彼杵両町、鹿児島県いちき串木野・ 阿久根両市、沖縄県名護市 ―― の34市町村が加盟。特に長崎市は 「魚のまち長崎応援女子会」 の協力で 「鯨は長崎にあり」 とのパンフレットを作り、 「長崎に根付く鯨文化」 をPRしている。資料冒頭の歴史には ①平戸市の 「つぐめの鼻遺跡」 から鯨の捕獲や解体に使った石器、対馬市の佐賀貝塚から鯨骨製の漁具が出土するなど鯨との関係は縄文時代から始まった ②江戸時代は壱岐 ・ 対馬 ・ 五島 ・ 平戸に古式捕鯨の漁場が点在し、多くの鯨組 (捕鯨組織) が操業した ③長崎近海で獲られた鯨は大村湾の東彼杵に集まり、九州各地で流通するなど 「鯨1頭で7浦が潤う」 といわれる最大の産業だった ④出島貿易で栄えた長崎には裕福な人々が高級でおいしいとされるハシカワ (口の下) やウネス (下腹) が届けられ、洗練された鯨食文化が発達した ―― と記述。 「今も県民一人当たりの鯨肉消費量は日本一」 とし、鯨カツ、鯨じゃが、鯨ユッケなどのレシピや 「長崎くんち」 に奉納する  「鯨の潮吹き」 「くじら舟」 などの祭り、マッコウクジラの骨を削って作る工芸品。さらには鯨肉や 工芸品の取扱店8軒などを紹介している。新上五島町にはキリスト教会群の世界遺産登録に向けた話題もある。

坪井泰助新上五島町議の発言要旨
 1.新五島町は人口2万2百人で、長崎県の西の果て、東シナ海を望む小さな島。僅かな平地なので先祖は生活の糧を海へ求め、捕鯨の歴史も古く約4百年前の江戸時代に遡る。和歌山県太地の協力で突き捕り法から網捕り法へと進化したが、動力装置もなく手漕ぎ舟と銛だけで巨大な鯨を捕獲する大変な漁法。有川湾を見下ろす、その名も鯨見山の山頂には正徳2年 (1712年)10月に鯨の供養塔が建てられ、21年間に1312頭の捕獲が刻まれている。

 2.明治、大正、昭和と時代が変わる中、捕鯨法の機械化が進み、ノルウェー式捕鯨から母船式遠洋捕鯨へ、近海捕鯨から南氷洋捕鯨へと移行していくが、商業捕鯨最盛期には新上五島町の有川地区から600人以上が捕鯨に従事していた。現在は10数人でしかない。

 3.毎年1月14日に、めーざいてん (弁財天) 祭の青年団が太鼓を打ち鳴らして鯨唄を歌い、鯨にまつわる伝統的な場所と地名の各家を回る。また、羽差太鼓保存会は年間 15 ~ 16回ほど、各種イベントに参加、ハワイ、上海、韓国のウルサン市に出向いたこともある。先人達が築き上げたフロンティア精神と歴史や食文化を継承し、関係市町や団体とさらに連携を密にし商業捕鯨再開に向けて情報を発信し続けたい。毎年10月の最終日曜日に 「有川くじらどん祭」 を開催している。うどんの歴史も古く、1千年以上前の遣唐使により中国から伝わった。祭では鯨肉の低価格販売、魚の重量当てクイズ、抽選会などのイベントもある。

IWC科学委が両論併記の報告書
 国際捕鯨委(IWC)は7月9日、6月7 ~ 19日までスロベニアで開いた科学委員会の報告書を公表した。それによると、日本は科学委員会の勧告に沿って 「調査実施前に必要な作業を完了した上で、昨年度の調査を実施した」 との意見と、 「日本の対応が不十分であり、調査目的達成のための致死的調査の必要性は証明されておらず、今年度の致死的調査継続は正当化できない」 との意見の両論併記となった ―― などが主な内容となっている。 (完)