第357回(3月1日)GNPからGNCへ (1) 教会群は掛け替えない遺産
 昨年に訪日した外国人客は既に 2千万人近く、過去最高を更新。今年も春雪 (旧正月 = 2月 7 ~ 13日) の 1 週間に中国、台湾、タイ、シンガポールなどから約 34万人が来日した。しかも東京、京都など都心ではなく北海道、北陸などにも分散。炊飯器、化粧・薬品、紙おむつなどの爆買いは一向に衰えていない。日本TVは 12日、中国の会社経営者夫妻が北海道でパウダースノウのスキーを楽しみ二人だけで食べる蟹を 43キロ ( 25万円相当 ) も土産に買って大満足の映像を映していた。中国経済が減速しているとはいえ,日本製品への信頼性と日本の食文化への憧れ、治安の良さが世界的な訪日ブームを呼んでいる。米国のジャーナリストは 「日本は再度の経済大国ではなく、文化大国を目指すべきだ」と提言したそうだが、確かに GNP (グロス ・ ナショナル ・ プロダクト) から GDC (グロス ・ ナショナル ・ クール <格好いい文化> ) に切り替える時が来た。こうした中、政府は 9 日、世界文化遺産登録を目指す 「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」 の推薦を取り下げた。これは 18年以降の確実な登録を目指して一旦取り下げたに過ぎない。禁教の歴史など特殊性についてより深く検討し、 3月末までに 「申請を出し直す」 よう努めねばならない。教会群は鎖国時代に唯一世界へ開かれた国際都市長崎にとって掛け替えのない世界遺産。私はこの遺産と県の食文化、風光明媚な景勝地などを結び付けて GDC主体の 「観光立県」 を推進するための努力を続けている。

禁教の歴史的考察加え完璧申請を
 文化庁は 1月下旬、 「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」 (長崎、熊本両県の 14資産) について国連教育科学文化機関 (ユネスコ) の諮問機関 ・ 国際記念物遺跡会議 (イコモス) から 「キリスト教の禁教と潜伏の時代に重点を置いて説明すべき」 と指摘されているとの連絡を受け、長崎県に対し、 「現状ではイコモスが 5月ごろに出す勧告の内容が 『登録延期』 になる見通し」 と説明したという。取り下げは 13年の 「武家の古都 ・ 鎌倉」 (神奈川県) 以来 2度目。確かに浦上天主堂など建物だけではキリスト教の遺産にはならない。フランスのモンサンミシェル、英国のカンタベリー大聖堂、スペインのサグラダ ・ ファミリアなど由緒ある教会や修道院は世界遺産に登録されている。スペインのトレド大聖堂、ドイツのノートルダム寺院なども世界に名高いレガシー (遺産) だ。単なる教会の建物や付属物だけなら京都の寺社同様、欧州にも礼拝堂などの建物は五万とあって遺産とは呼べない。長崎教会群は隠れキリシタンが 250年に亙り潜伏し、大浦天主堂の 「信徒発見」 で幕末に復活した、世界に類を見ない歴史を背景に申請していることを忘れてはならない。

長崎教会群は伝来 ・ 禁教 ・ 復活3期
 世界遺産登録は毎年夏頃に開く世界遺産委員会で決まるが、メンバーは外交官ら素人ばかりのため、専門家で構成するイコモスが春に出す 「勧告」 が多大な影響力を持つ。その評価は 4 段階で、 ① ”お墨付き” を与える登録 ②説明が不十分な場合の情報照会 ③本質的な価値証明が不十分な場合の登録延期④箸にも棒にも掛からない不登録 ―― の順番だ。イコモスの中間報告は 「日本のキリスト教コミュニティーの特殊性は、禁教の歴史にある。禁教の歴史的文脈に焦点を当てた形で推薦内容を見直すべきだ」 「推薦を取り下げない限り、 7月の世界遺産委員会が終わるまでイコモスは助言できない」 という手厳し内容だった。長崎教会群は、原城跡と日野江城跡 (南島原市) がキリスト教の伝播と普及 (伝来期) 平戸の聖地と集落 (平戸市)、野崎島の野首 ・ 舟森集落跡 (小値賀町)、天草の崎津集落 (熊本県天草市) が、禁教時代 (禁教期) 大浦天主堂と関連遺産施設、大野教会堂 (長崎市)、頭ヶ島天主堂 (新上五島町)、田平天主堂 (平戸市)、江上教会堂と旧五輪教会堂 (五島市)、出津教会堂と関連遺跡 (長崎市)、黒島天主堂 (佐世保市) が教
会建築 (復活期) ―― の構成資産として申請された。

迫害者のミサにパウロ2世初来日
 「戦争は人間の仕業。戦争は死です」 ―― 1981年 2月にローマ教皇として初来日したヨハネ ・ パウロ2世は、長崎、広島を訪問して核廃絶を訴えた。そして、浦上天主堂では 「伴天連追放令」 を出した秀吉により、長崎西坂の丘で処刑された 26聖人と島原の乱で倒れた殉教者を悼み、ペテロら迫害を受けた 12使徒にミサを捧げ、司祭の叙階を行なった。空飛ぶ教皇と呼ばれたパウロ2世の初来日に尽力したのは、わが恩師 ・ 白濱仁吉先生と日本人で 3人目の枢機卿になられた里脇浅次郎 ・ 第7代長崎大司教。ご両者の伝道の功績は絶大だ。日中国交正常化後、上海と日本を結ぶ KDD 海底ケーブルの陸揚げ地となった熊本県天草市 ・ 牛深や同県宇土市の住民は天草諸島に橋が架かるまで、同県八代市や県都熊本市よりも小船で長崎市に通う方が多く、島原 ― 長崎 ― 五島列島との往来が盛んだった。それが隠れキリシタンを産んだ土壌でもあろう。中世から今日まで約 450年の歴史の中でキリスト教徒がいかに迫害され、隠れキリシタンが踏み絵などで弾圧されたか。世界に開かれた “窓” の出島とオランダの関連やグラバー邸 (園)、マダムバタフライ伝記など歴史的考察を踏まえ、もっと系統的に詳細な伝道の歴史を記載する必要があろう。

急がば回れで再推薦行うが最善
 原爆で破壊された浦上教会 (天主堂) は 1959年に再建されたが、堂内の鐘楼や馬利亜 15義図、拷問石と 「寒ざらしのツル」 など迫害の歴史を伝えるところに遺産の価値がある。幕末に 22歳の女性 ・ ツルは棄教を迫られ、激しい拷問を受けた。腰巻 1つの裸体で雪の中に 1週間も正座させられたが耐え抜いたという。異教の布教に寛大だった信長。晩年は弾圧に転じた秀吉。禁教 ・ 鎖国令を出した家康の徳川時代。特に秀吉は 「日本は神国たるところ、キリシタン国より邪法を授け候儀、はなはだもって然るべからず候事」 と伴天連追放令を出した。キリシタン大名、小西行長の遺臣の子 ・ 天草四郎時貞が 1637年に島原の乱を起こしたが、瓢箪の馬印から皮肉にも豊臣秀頼の落胤と噂された。天草四郎の洗礼名は ジェロニモ。昔は 「魔界転生」 などの劇映画 (沢田研二主演) で脚光を浴びたが、既に国民の記憶からは薄れつつある。馳浩文部科学相は 9日の記者会見で。 「急がば回れだ。説明が受け入れられなかったことは極めて残念だが、確実な登録を目指すべく、一旦推薦を取り下げ、指摘を踏まえた形で再推薦を行うことが最善であるとの結論に至った」 と説明している。

陸路 ・ 海路整備し観光資源を開発 
 2007年に世界遺産登録された 「石見銀山」 (鳥取県) のように、イコモスの登録延期勧告を受けながら、世界遺産委員会で逆転登録を狙ったケースもあるが、登録に失敗したら、再申請の道は閉ざされる。今年の同委員会で登録審議される日本の案件は、フランスなど 6カ国と共同推薦した 「国立西洋美術館」 (東京都) を含む 「ル ・ コルビュジェの建築作品」 だけとなる。17年夏は 「神宿る島 = 宗像 ・ 沖ノ島と関連遺産群」 を政府が推薦済みなので、長崎教会群は 18年以降の再挑戦となる。イコモスが教会群の世界遺産価値を 「禁教 ・ 潜伏期」 と見ている以上、今後 2年間、長崎の観光立県構想と併せじっくり検討しなければなるまい。幸いイコモスの中間報告は 「長崎の教会群には潜在的に顕著な普遍的価値 OUV ( アウトスタンディング ・ ユニバーサル ・ バリュー) があると考えられる」 と書き出している。イコモスへ提出した推薦書には伝来 ― 繁栄 ― 潜伏 ― 復活のストーリーを一応描いているが、隠れキリシタン時代の構成資産をより明確に打ち出すべきだ。これと並行して、県内の陸路,海路を整備し、新たな GDC、つまり観光資源を開発して、文化資産価値を高める必要があろう。 (以下次号)