第352回(12月16日)切れ目ない安保法制(29) テロ対策は万全か
 パリの同時多発テロは世界に衝撃を与え、過激派組織「イスラム国」(IS)に対する欧米 ・ 露による国際包囲網が構築され、シリアのIS拠点への空爆が激化した。だが、トルコは「ロシア戦闘爆撃機が領空を侵犯した」として同機を撃墜、これに露が謝罪を求め、「トルコはISから原油を蜜輸入している」と批判して経済制裁に踏み切った。英国もISへの空爆をイラクからシリアに拡大した。テロは憎悪の連鎖を招いて世界的に拡散、効果なき “もぐら叩き” の様相を呈している。新安保法制が来年3月までに施行されれば自衛隊が国連平和維持活動(PKO)の一環で中東に派遣され、後方支援に踏み込んで、ISを刺激する可能性が強まる。ISは既に「全ての日本人はイスラムの標的になった」と宣言しており、来年5月の伊勢志摩サミット(主要国首脳会議)、2019年のラグビーワールドカップ、20年の東京五輪の標的にされかねない厳しい情勢だ。政府は8日、「国際テロ情報収集ユニット」を外務省に設置し、地方自治体と連携強化を図るテロ対策費を15年度補正予算案に計上した。

 「国際テロ情報収集ユニット」 設置
 「卑劣なテロは人類の普遍的な価値に対する明確な挑戦だ。(一連の国際会議で)テロと対峙していく国際社会の団結を示すことが出来た」――首相は11月22日、マレーシアでの記者会見で強調。「国際社会と連帯した情報収集の強化が喫緊の課題だ」として情報ユニット設置を急ぐ理由を説明した。政府は4日、警察庁出身の杉田和博官房副長官を議長に関係省庁の局長級による幹事会を設け、官邸が司令塔になって関連情報を収集することを決めた。情報を集約する「国際テロ情報収集ユニット」はIS による人質の後藤健二氏殺害事件を踏まえ、来年4月をメドに設置すると決めていたが、パリの事件を受けて首相の指示で前倒して8日に設置した。トップには警察庁前外事情報部長の滝沢裕昭内閣審議官を充て、同庁や外務・防衛両省、内閣情報調査室、公安調査庁などから4審議官とアラビア語に堪能な職員やイスラム地域情勢に詳しい職員を40人規模で集めて発足、中東などの大使館に赴任して情報収集を行うほか、現地の情報機関と情報を共有する。情報収集・分析、機能強化は長年の懸案で、安倍政権は国家安全保障会議(NSC)や事務局の国家安全保障局(NSS)を設置、その後、情報漏洩に重い罰則を科す特定秘密保護法も制定している。

賢島にヘリポート、防弾車両整備
 来年5月の伊勢志摩サミットまでは後半年に迫った。警備予算の総額は約600億円で、北海道洞爺湖サミットとほぼ同水準。警備員2万1千人の費用は約340億円に達する見通しで、このうち約240億円は警察庁などが14、15年度予算で既に確保済みだ。警備面ではメーン会場となる志摩市の英虞湾・賢島のホテルが海に囲まれていることから海上保安庁が海上警備強化のため多数のゴムボートを調達。ホテルの窓の外側には防弾ガラスの「壁」を設置する。また、参加国首脳が空路で移動できるよう賢島近くに仮設へリポートを整備。各国首脳の伊勢神宮参拝を想定し防弾使用の車両を数十台導入する。三重県は来年3月27日からサミット終了翌日の5月28日まで、サミット周辺などでドローン(小型無人機)の飛行を制限する条例案を県議会に提出し可決された。政府もテロ対策を開催自治体と協議する連絡協議会を立ち上げた。11月23日には靖国神社で爆発音が響き、新嘗祭や七五三で賑わう人々を脅かした。現場から韓国語で記された乾電池やリード線、基盤などが見つかり防犯カメラに韓国人とみられる男が映っており、男は短期滞在で爆発直後に帰国したが、9日午前に再入国したため、警視庁は羽田空港で男を逮捕した。男は容疑を否認している。

IS ジハード聖戦を世界規模に拡大
 パリの劇場、競技場など6ヵ所で130人の死者、351人の負傷者を出したIS による残虐な同時多発テロは、周到に準備されたものだった。予兆は1月に風刺週刊紙シャルリエプト本社が襲われ、17人が犠牲になったのに続く。「預言者ムハンマドを侮辱した」として襲撃したが、有志国連合にフランスが加わりIS拠点の空爆に参加したことがテロの理由。中東や北アフリカから仏へ移民した層の子弟や孫世代の若者らが就職などで差別を受け、疎外感を募らせたことが背景にある。仏は直ちにシリアのIS拠点に報復空爆を強化。シナイ半島でロシア機を撃墜された露も空爆を拡大しIS包囲網が形成された。ISは欧米・露に日本も加わった“十字軍”に対するジハード(聖戦)と称し戦線を世界規模に拡大、神風特攻隊のような自爆攻撃を繰り返している。ISは「パリの次は米国の中心部ワシントンだ」と米主導の有志連合を名指しし、次のテロを米国と予告した。2日に米加州・サンバーナディーノの障害者福祉施設で起きた銃乱射事件について米連邦捜査局(FBI)は国際テロ組織アルカイダやISの思想に感化された犯人であると断定した。ISは安倍首相が身代金要求を拒否した直後に後藤健二氏を殺害したが、今度は首相が「テロと対峙していく」と言明したとたんに、「安倍の愚かさによって今は全ての日本人がイスラムの標的になった」と脅迫している。

共謀罪に幹事長言及、政府は慎重
 自民党の谷垣禎一幹事長は11月17日、テロ対策として共謀罪の新設を含む組織犯罪処罰法改正(懲役4年以上)の必要性に言及したが、菅義偉官房長官は次期通常国会での同改正案の提出に消極的な考えを表明。公明党の山口那津男代表も政府に慎重な対応を求めている。共謀罪を巡っては、国連が2000年11月に国際犯罪防止条約を採択し、日本政府は同年12月に署名したが、批准のためにこれまで3回提出した共謀罪新設を含む同改正案は、いずれも廃案となっている。首相もこのいきさつを承知して、マレーシアでの内外記者会見では、「重要な課題と認識しているが、国会審議で不安や懸念が示されていることを踏まえ、あり方を慎重に検討している」と慎重な答弁に留めている。だが、政府はテロリスト制圧や爆発物処理、サイバー攻撃、ドローン対策――など警備に万全の体制を敷いている。防衛省はNBC(核・生物・化学)テロに備え、周辺の守山(名古屋)、明野(伊勢),久居(津)各市の陸自3駐屯地に化学防護部隊を配置するほか、自衛隊機が会場周辺空域を監視する。周辺上空には国交省が飛行制限区域を設定、空自の宮中警戒管制機(AWACS)が滞空し、海自の艦艇と合わせ周辺海空域の不審な動きを警戒する。一方、三重県警は既に、消防、海上保安庁、税関、鉄道などとの合同訓練を約100回実施してきた。懸念されるのは省庁寄り合い所帯の「テロ情報収集ユニット」が縦割り行政を打破できるかどうかだ。 (以下次号)