第344回(8月16日)切れ目ない安保法制 (21) 与党質問増で丁寧説明
 参院に舞台を移した安全保障関連法案の審議は、7 月末の 3 日間、首相が出席した総括審議で与野党攻防の全体像が浮き彫りにされてきた。参院に設置の平和安全法制特別委 (委員長 ・ 鴻池祥肇元防災相) は、無所属を含む 45 人の全 11 会派で構成。政府与党は衆院の審議 116 時間のうち与党の質問時間が全体の 1 割に留まった結果、法案への理解が広がらなかったと反省、7 月 28 日の特別委質疑のトップバッターに佐藤正久筆頭理事を立て安全環境の激変を質すなど、2 時間に亙って法案の問題点を総ざらいし、国民の理解を深めた。野党は礒崎陽輔首相秘書官が 「法的安全性」 を軽視するような発言をしたと批判、8 月 3 日の特別委に参考人として招致、一致して辞任を求めた。大半の野党は全国に高まる違憲論や各種デモを背景に、週 3 回の定例日以外の審議には応じず、安保法案の撤回 ・ 阻止を唱えている。参院で単独過半数に届かない自民党は“忍の一字”の国会運営を続けているが、野党が採決に応じない場合、9 月 14 以降に衆院の 3 分の 2 以上の賛成で再可決する憲法の 「参院 60 日ルール」 を適用して成立させる構えだ。 戦略の決断は今月末にも迫っている。

与野党に波紋広げた礒崎氏発言
 「法的安全性の確保は当然だ。疑義を持たれるような発言は慎まなければならない」 ―― 首相は 7 月 30 日の特別委で民主党の広田一氏が礒崎氏の更迭を要求したのに対しこう釈明、電話で注意したことを明らかにした。礒崎氏が 26 日の大分市での講演で 「法的安全性は関係ない。わが国を守るために (集団的自衛権行使が )必要かどうかが基準だ」 と述べたことが波紋を描き、公明党の漆原良夫中央幹事会会長が 「首相を補佐する人が足を引っ張るのでは仕方がない。 国会審議に大きな影響を及ぼす」 と苦言を呈し、自民党の額賀福志郎氏ら派閥領袖も 「自ら説明責任を果たすべきだ」 と述べ、与党内からも批判された。礒崎氏は 28 日の特別委理事懇談会で謝罪、 ツイッターでも 「私の発言で迷惑をかけているが、もとより法的安全性を否定したものではない」 と釈明したが、民主党理事が 「 『関係ない』のであれば、法案そのものが吹き飛ぶ」 と招致を迫り、3 日の参考人招致が実現した。

野党は下村文科相の責任も追及
 礒崎氏は公の場で発言を撤回し陳謝した上、安保法案については、集団的自衛権行使を禁じていた過去の政府見解と 「基本的な論理は全く変わっておらず、合憲性と法的安定性は確保されていると認識している」 と説明、 「国際環境の変化についても十分配慮すべきだと言うところを、誤って 『法的安定性は関係ない』 と言った」 と釈明した。野党は憲法学者が指摘した 「違憲性」 に続き、礒崎氏の発言で法案の根幹がさらに揺らいだとし、4 日の特別委集中審議で首相の任命責任を追及した。 だが、首相は 「法的安定性の重要性は我々も説明している通り極めて重要で、礒崎補佐官も十分に認識している。今後とも職務を遂行してもらいたい」 と述べ、礒崎氏の更迭は必要ないとの認識を示した。各紙世論調査の内閣支持率が 40 %台に低下したこともあり、勢いづいた野党は 7 日の衆院、10 日の参院予算委の集中審議でも、新国立競技場の計画見直しを巡る下村博文文科相の責任を追及した。

海外派遣拡大の戦争法と 4 党反対
 一連の安保関連法案の審議で野党は多くの憲法学者が唱える 「違憲論」 を背景に、「集団的自衛権行使を容認する安保法案は憲法違反で法的安定性を崩す」 (民主)、 「弾薬提供、給油などの兵站は武力行為で戦争に巻き込まれる」 (共産) 、「自衛隊の海外派遣を拡大する戦争法案だ」 (社民)、 「原発攻撃に備えがないし、戦争参加で自衛隊と国民全体のリスクを高める」 (生活) と 4 党が明確に反対。 維新の党は賛成だが、同党提案の対案について修正協議を要望。新党改革は 「合憲だが事前の国会承認」 を前提に賛成した。無所属クラブは自衛隊員が海外で武器を不当に使用する時の罰則が抜けているとして法案の手直しを求めた。 首相はこれらの質疑に対し 29 日、「国連憲章で認められる集団的自衛権の行使は国際法で違法とされる戦争とは区別される」 と強調。 「あくまでも自衛の措置であって国際法上も正当な行為だ。 『戦争に参加する』 という表現は極めて不適切だ」 と答え、兵站を 「後方支援」 に言い換えて戦争を否定した。 また、首相は集団的自衛権に基づく戦時の機雷掃海について、南シナ海で行うことは想定しにくいとしながらも、排除しない考えを明らかにした。

一方的現状変更の中国名指し牽制
 首相はこれまで戦時の機雷掃海について、中東 ・ ホルムズ海峡だけを挙げてきたが、イランが核協議に合意し、イランが機雷をまく可能性が薄らいできたため、衆院答弁を軌道修正。南シナ海で掃海する可能性を否定しない姿勢を示すことで、海洋進出を強める中国を牽制したものだ。首相は答弁の中で、中国の軍事費の急激な増大を指摘した上で、「南シナ海で大規模かつ急速な埋め立てを一方的に強行し、既存の国際秩序とは相容れない独自の主張に基づき、力による現状変更の試みを行っている」 と中国を名指しで批判。 東シナ海の海底ガス開発基地の建設や、尖閣諸島周辺海域に中国公船が領海侵入を繰り返していることも挙げ、 安保法案の早期成立の必要性を訴えた。 産経新聞は、首相が昨年 11 月の北京で行った初の日中首脳会談で、中国が東シナ海の日中中間線付近にガス田開発の海洋プラットホームを 12 基も増設していることに対し、習近平国家主席に強く抗議したことが 「 11 日に分かった」 ―― と報道した。 日米豪中韓朝の外務閣僚も出席してマレーシアで開かれた東南ア諸国連合 (ASEAN) 地域フォーラム (ARF) 閣僚会議は 4 日、中国が南シナ海の島や岩礁の実効支配を強めている問題について、周辺関係国の平和や安定を脅かさないよう 「法的拘束力のある行動規範の早期策定に向けた公式協議」 を加速させることで一致した。

高校生や高齢者、女性もデモ参加
 東京新聞は社説に 「法案に世論の逆風が強まる中、軍事的存在感を増す中国の脅威を持ち出すことで国民の理解を得たい思惑がにじむ」 と書き、ホルムズ封鎖の根拠が薄れた機会に中国脅威論で逆風をかわしたと解説した。 確かに首相は 「戦争に巻き込まれることは絶対ない」 「徴兵制は全くあり得ないし今後もない」 「専守防衛はいささかも変更ない」 -- と断言、安保環境の変化と脅威を訴えている。その一方で首相は、与党と維新の修正協議が衆院採決直前に決裂した維新の対案について「大きな方向性では一致している。協議で合意が得られれば真摯に対応したい」と秋波を送った。 しかし、維新、民主が共同提案したグレーゾーン事態に対処する領域警備法案については「現時点で新たな法整備が必要とは考えていない」 と否定的見解を示している。 こうした中で都内の大学生らで作る 「SEALDs」 (シールズ) に加え、高校生ら 5 千人規模のグループ 「T―Ns SOWL (ティーンズ ・ ソウル) 」 も結成され国会周辺は高齢者、女性も含むデモ活動が活発化してきた。

学生は利己的と首相シンパが批判
 ところが、6 月に 「報道規制」 と受け取られかねない発言が飛び出した、首相支持派の自民党若手の勉強会 「文化芸術懇話会」 に出席した武藤貴也衆院議員 (滋賀 4 区)が自身のツイッターで、SEALDs のデモ行為を 「 『戦争に行きたくない』 と言う極端な利己的考え」 と批判したことがマスコミで一斉に取り上げられた。 これに加え、主要地方選は沖縄、佐賀に次いで 9 日の埼玉県知事選で自民推薦の候補が民主推薦現職に敗れ、鹿児島県の九州電力川内原発 1 号機が 11 日に再稼動し 「原発ゼロ」 は約 2 年で幕。 沖縄県の第 3 者委員会が辺野古の埋め立てに 「法律的な瑕疵 (欠陥) がある」 との報告書を提出した。 こうした影響もあって、内閣支持率はさらに低迷している。 このため政府は 4 日、米軍普天間飛行場 (沖縄県宜野湾市) の那護市辺野古への移設に関し、10 日から 9 月 9 日までの 1 カ月間、一切の作業を中止し計画反対の沖縄県と集中的に協議すると発表した。 これをマスコミは 「“一時休戦” によって沖縄県との対話姿勢をアピールして、 内閣支持率の回復に期待した」との皮肉な見方を世論に訴えている。 しかし、菅義偉官房長官は「安保環境の急激な変化に対処し、抑止力を高めるには辺野古移設しかない」 と記者会見で述べて 11 日に沖縄を訪問、翁長雄志県知事と今後 5 回にわたる協議を開始した。 安倍政権には暑い日が続く。 (以下次号)