第341回(7月1日)切れ目ない安保法制⑱ 土俵広げ場外乱闘の様相
 政府与党が衆院で再可決できる 「 60 日ルール」 を保険に国会の土俵を 9 月末まで大幅に広げたのは、 首相の 「安保法案を夏までに成就」 という国際公約を実現するためだ。 「違憲」 を唱えた憲法学者の長谷部恭男早大教授 (自民推薦)、 小林節慶大名誉教授 (民主推薦) の 2 人は15 日、 東京 ・ 日比谷の日本記者クラブと日本外国特派員協会で記者会見して再批判。 高知市で同日開かれた衆院憲法審査会地方公聴会でも意見陳述者 6 人中 5 人が反対や批判意見を表明した。 自民党の山崎拓元副総裁と古賀誠元幹事長も 12 日、BS 日テレの番組で法案に反対の意向を示し、 山崎氏は同日、 日本記者クラブでの記者会見でも亀井静香衆院議員 (無所属)、 武村正義元官房長官、 藤井裕久元財務相ら長老とともに出席、 同様の考えを開陳した。 これには菅義偉官房長官が国会で 「合憲派」 学者に名を挙げた西修駒沢大名誉教授と百地章日大教授が 19 日、 日本記者クラブで安保法制の合憲論を展開。 西氏は国会でも賛成論をぶつなど、 マスコミが行司役の安保論戦は場外乱闘の様相を帯びてきた。

戦後の大改革を王道で断行と首相
 「戦後以来の大改革を断行する改革断行国会だ。 しっかり議論を重ね、 深めていくために 95日という最大の延長幅を取った。 徹底的に議論し、 決める時には決める」 ―― 首相は会期延長議決後の 22 日夜、 「議会制民主主義の王道を進む」 決意を表明した。 法案の衆院通過後、60 日経っても参院で採決されない場合は、 衆院 3 分の 2 以上の賛成で再議決できる。 安保法案を 7 月下旬までに衆院を通過させれば成立できるため、 過去の日数を 1 日上回る戦後最長の 95 日間延長を決めた。 野党は 「国民の理解が進んでいない。 一旦閉じて法案を整理して出し直すべきだ」 (岡田克也民主党代表)、 「 95 日は異例中の異例。 一回区切ってまた秋にやればよい」 (松野頼久維新の党代表) と反対、 安保特別委を 3 日間空転させた。 政府自民党は延長国会で、「岩盤規制改革」 の象徴である JA 全中が地域農協に対して持つ指導 ・ 監査権限の廃止を明記した農協法改正案や労働基準法改正案、 カジノ解禁の統合型リゾート推進法案、 委員会採決が先送りされたマイナンバー法改正案などの成立を目指す。

 9 条違反の海外派兵は独裁の開始
 自民推薦ながら衆院憲法審査会で安保関連法案を 「違憲」 と指摘し、 与党から批判を受けた長谷部早大教授は 1 5日、 日本記者クラブの会見で 「砂川判決から集団的自衛権行使を合憲とする主張は、 法律学の基本原則と衝突する」 と述べ、 関連法案の撤回を訴えた。 特に高村正彦自民党副総裁が 1959 年の最高裁 ・ 砂川判決を引用して集団的自衛権行使の根拠としていることについて、 「砂川判決は日米安保条約の問題であり日本の集団的自衛権の行使は全く争点ではなかった。 藁にもすがる思いで持ち出したのかも知れないが、 所詮、藁だ」と批判した。 また自民側が長谷部氏の推薦を 「人選ミス」 と公言していることには、 「自分に都合の良いことを言った参考人は 『専門家』 とし、 都合の悪いことを言うと 『素人だ』 と侮辱の言葉を投げつける」 と不快感を示した。 民主推薦の小林慶大名誉教授も 「安倍内閣は憲法を無視した政治を行う以上、 独裁の始まり。 政治が劣化した。 法的、 政治的、 経済的にも愚策。 9 条違反の海外派兵で法的にアウトだ」 と酷評した。 高知市の公聴会では一般公募の 6 人中、 岡田健一郎高知大準教授ら 5 人が法案に反対や慎重意見を表明した。

自民長老も武力行使反対アピール
 一方、 日本記者クラブで会見した、 かつての自民長老たちは 「自衛隊が他国軍を後方支援すれば武力行使に繋がる」 (山崎氏)、 「必ず戦死者が出る。 戦後最大の危機に直面する」 (亀井氏 = 現役 ・ 無所属)、 「(法案は) 世界の安全保障で米国の肩代わりをすること。 首相は米国の意向に安易に乗った」 (藤井氏)、「世論が納得しないまま強行採決するなら、 禍根を残す」 (武村氏) ―― と述べ、 「一内閣の恣意によって憲法解釈を変更することに反対」 とのアピールをした。 これに対し、 菅官房長官が国会で合憲派として名を挙げた 3 人のうちの百地日大教授と西駒沢大名誉教授の 2 人は、 19 日の日本記者ク会見で 「集団的自衛権は国連憲章で認められた固有の権利。 (法案は) 限定的な容認に留められており、 憲法に違反しない」 と反論した。 合憲を表明する憲法学者か少ないことについては 「学説は人数の多寡ではない」 と言い、 百地氏も  「立場上言わないようにしている人はいる」 と主張した。

首相、安保環境の急激な変化指摘
 日本記者クラブの会見で正反対の意見を述べた小林氏は民主党、 西氏は自民党の推薦を受けて 22 日の衆院安保法制委にも参考人として出席し、 違憲 ・ 合憲論で火花を散らした。 安保論争は安倍政権が集団的自衛権行使を限定容認する根拠とした 1972 年の 「政府見解」 が焦点。 このため、 同委の参考人には元法制局長官の宮崎礼壹氏 (第 1 次安倍内閣)と阪田雅裕氏 (小泉内閣)も呼ばれた。本来なら内閣の黒衣に徹するはずの長官経験者が参考人になるのも前代未聞だが、 野党推薦で出席した 2 人は過去の内閣法制局見解と異なる安保法案に 「違憲」 や疑義を唱えて注目された。 このように集団的自衛権の行使容認は 「従来の憲法解釈と整合している」 とする政府に対し、 野党は 「従来の解釈から逸脱し、 憲法違反だ」 と反対。 合憲か違憲か、 という法案の根幹が問われる異例な事態が続いている。 首相は安保関連法案を成立させる最大の理由に、①中国の東 ・ 南シナ海への海洋進出②北朝鮮の弾道ミサイル ・ ノドンなど大量破壊兵器の開発 ―― など安全保障環境の急激な変化を挙げている。

一帯一路やAIIBで中国戦略変化
 この点、 朝日の加藤洋一編集委員は 6 月 18 日の 「記者有論」 で興味深い解説記事を掲載した。 要約すると、 中国が米国や日本の批判をはねつけ、 南シナ海での埋め立てを続けた 「わが道を行く」 的な強固姿勢の背景には、 外交 ・ 安保戦略に関する中国の議論の変化があると指摘。「米国との 『大国関係』 と同等あるいはそれ以上に 『周辺外交』 を重視する考え」 を挙げ、「一帯一路 ( 2 つのシルクロード) 政策やアジアインフラ投資銀行 (AIIB) の推進は、 まさにその代表例だ」 と説明。 更に 「(最高指導者だった) 鄧小平が、 能力を隠して力を蓄えるという意味の 『韜光養晦』 のスローガンで打ち出した控えめな外交方針は、 発奮して目的を達成する 『奮発有為』に変わった」 とコメントした。 習近平国家主席は最近、 「広大な太平洋は米中 2 大国を受け入れるのに十分な空間がある」 としばしば語っている。 加藤氏が、 中国共産党幹部に聞いたところ、 「戦略的空間」 とは、「第 1 列島線の内側を、 中国が軍事的に自由に使うことだ」と答えたそうだ。

語るべきは大枠の外交・戦略論
 第 1 列島線は、 日本列島から台湾、 フィリピンを通って南下し、 尖閣諸島の東シナ海、 岩礁埋め立ての南シナ海が全て含まれる。 加藤氏は 「日米防衛協力の指針 (ガイドライン) 改定は、 日本が軍事協力を強化し、 米軍の優位を守るという選択だ。 当面の対中抑止策としては正しい」 と評価しながらも、 「しかし、 問題は同盟強化で中国の台頭に対応し切れなくなった時に、 日本はどうするのかだ」 と指摘し、 「国会の安保法制論議は法律論や手続き論がほとんどだが、 本来、 語るべきなのは、 その前提となる大枠の外交 ・ 戦略論である」 とコラムを結んでいる。 延長国会では憲法論争のほか、 グレーゾーン事態から存立危機事態、 個別的自衛権発動にいたるまでの切れ目 (隙間) ない安全保障、 自衛隊を地球規模に派遣する場合のリスク、 などの諸課題について徹底的な討議が続いている。 政府が言う関連法案の 「懇切丁寧な説明」 だけでなく、 抑止力向上で日本の経済負担は増大するのか、 中国が力を注ぐ東南アジアのインフラ整備とシーレーン (海上輸送路) の安全はどう確保するか ―― など、 もっと実のある具体的、 戦略的な討議が行われるよう期待したい。 (以下次号)