第295回 TPP と農林水産対策(4)「攻めの農業」推進
 TPPの第18回交渉会合は7月15~25日、マレーシア・ボルネオ島のコタキナバルで各国700人以上を集めて開かれた。米議会の承認に90日間要したため、日本が正式メンバーになれたのは同23日午後。政府は鶴岡公二・首席交渉官(経済担当外務審議官)ら90人超の団員を派遣、実質3日間の交渉に参加した。だが、最大の焦点である農産品、工業品の関税撤廃を扱う「市場アクセス」分野の協議日程は同日午後の段階で終わったため、交渉に直接参加できず、先行11カ国以外には開示されなかった数千ページの交渉内容の情報収集に追われた。24、25両日は「日本集中日」とされ、11カ国から21分野の交渉状況の説明を受けた。5月のペルー会合では「原産地規制」「検疫」などで進展があったが、全体の交渉は遅れている。次回は8月22~30日にブルネイで開かれるが、参加国首脳が目指す「10月にインドネシアで開催のAPEC首脳会議での基本合意。2013年中の交渉妥結」は困難視され、日本は今後もコメ、麦、牛・豚肉、乳製品、サトウキビなど甘味資源作物の農産物重要5品目を関税撤廃の例外とするよう粘り強く主張する方針だ。TPPは改憲、原発再稼動と並び参院選の3大争点とされた。各党の主張と今後の国会論争を点検してみる。

守るべきは守り、脱退も辞さず
 自民党は国益に資する経済連携交渉を推進するため、農産物重要5品目の関税と国民皆保険制度などを聖域と位置づけ、「守るべきものは守り、攻めるべきものは攻める。確保できない場合は脱退も辞さない」が基本姿勢。公明党は「コメなど重要品目は関税撤廃から除外、または再協議の対象とする」と与党は一枚岩。みんな、維新の両党も自由貿易圏拡大の観点から「攻めの交渉で国益を勝ち取る」との考えだ。民主党は5品目の除外、食の安全などの国益確保のため「脱退も辞さない厳しい態度で臨む」と交渉には積極的。これに対し、生活は「岩手県の試算だと農漁業は半分がだめになる。米国の狙いは医療保険だ」と反対。社民、みどりもTPP参加・協定締結に断固反対。共産は自国農業を壊して食料を外国に頼る「“亡国の道”を進む交渉参加を直ちに撤回」と最も厳しく参院選で反発した。確かにTPP 参加で安い外国の物品やサービスが流れ込めば農業は大被害。7月6日に中央大学院が開いたTPPシンポジュームでは「農業分野で3兆円の消失をただ受け入れろと言うなら反対。(農漁業支援の)農業・漁業法人を政府が作ることも考えられる」と提言した。

農水産物の生産額は3兆円失う
 政府が3月に公表したTPPの影響試算では、関税を即時撤廃して対策が無い場合、コメや砂糖などの農水産物33品目の国内生産額は3兆円失われると見積もったからだ。マレーシアの交渉会合で農業大国の米国、豪州などは農産物の関税引き下げを強硬に主張、日本が折れたら日本農業は大打撃を受ける。しかし、読売に投稿した農水省出身の経済学者の1人は「関税維持と減反が本当に国益か」と題し①関税で守るのは国内の高い農産物価格で、消費量の14%に過ぎない国産小麦の高い価格を守るために86%の外国産麦にも関税を課し、消費者に高いパンやうどんを買わせている②コメの減反に5000億円もの税金を使い、減反で供給を減少させ主食コメの値段を上げて5000億円、合計1兆円を超える消費者負担を強いている③水田の3分の1以下を失った減反政策はコメ生産を縮小したばかりか、水資源の涵養や洪水防止など農業の多面的機能も損なった――などと日本農業を厳しく批判した。

輸出増・農地集約の改革に再挑戦
 これは、安倍政権の「攻めの農業」を応援した発言と見られる。「農林水産業・地域の活力創造本部」(本部長・安倍首相)は5月21日、今後10年間に「農業所得倍増」目標の実現を目指す計画を年内に作る成長戦略を決めた。首相は第1次安倍内閣の2007年、輸出額を13年までに1兆円規模に増やす目標を掲げたが、農業関係者の反発を招き、07年参院選で大敗、昨12年の輸出額は約4500億円に留まった。今回も輸出増と農地集約を柱に農業改革の再チャレンジをした。「あらゆる努力を傾け、農水産業を若者に魅力ある産業にし、同時に日本の農山漁村を守っていく決意だ」――首相はこう強調し、日本の食文化を海外に浸透させる「クールジャパン戦略」と関連付けて海外での消費拡大を目指している。輸出計画は、ブリ、サバ、ホタテ、サケなど水産物3500億円。味噌、醤油、菓子、レトルト・健康食品など加工食品5000億円。コメと日本酒、パックご飯などコメ加工品600億円。りんご、かんきつ類、イチゴ、長イモなど青果物250億円。牛肉250億円で、米国、欧州連合(EU)、豪州、ロシア、東南アジア、アフリカなどが重点輸出先となっている。

農業法人・専業農家耕作地8割へ
 しかし、輸出額約1兆円のうち、国産のコメは外国産米の2倍ほどの価格になっているため、30億円しか輸出を見込んでいない。民間の経営者や学者10人で作る「産業競争力会議」(議長・安倍首相)は2月中旬、農家の大規模化で「株式会社の農業参入」を提案したが、農協(JA) の反発を恐れ、参院選公約には入れなかった。政府は成長戦略の一環として生産コストを下げるため、農地を集約する法人を各地に作り大規模化を進めることとし、競争力強化に向け国内の農地で農業法人や専業農家が耕作する割合を今の5割から10年後に8割にする目標を打ち出した。各都道府県は今、農地を農家から買い上げ、別の農家などに売る「農業公社」を運営しているが、農地を手放したくない農家が多く、予算も合計で約10億円しかなく、買い上げは進んでいない。このため農地を農家が保有したまま借り受ける公的法人(仮称=農地中間管理機構)を自治体に作ってもらい、借りた農地は農業法人や専業農家に貸し出す考え。だが、零細農家は先祖代々の農地貸し出しを渋っている。

生産・加工・販売の6次産業化
 また、農業者が生産から加工、販売まで一体的に手掛ける「6次産業化の推進」を柱に据え、農家の創意工夫で農産品の価格を高め、収入を増やそうとしている。民主党政権が創設した「戸別所得補償制度」の見直し作業も進めており、新規需要米の生産拡大を促すため、作付面積10アール当たり8万円の補助金の増額を検討している。さらに、家畜の飼料や米粉を利用したパンに使うコメ(新規需要米)の生産拡大も掲げ、主食用米の減反で生じている休耕田(耕作放棄地)約40万ヘクタールを減らすことも狙っている。これには次期国会で農地法や農業経営基盤強化促進法を改正しなければならない。このように政府自民党は国益をかけたTPP交渉に全力を挙げ、「攻めの農業」実現のため最大の努力を続けているが、農家の不安に加え野党の抵抗もあり、成長戦略の法制化は難航が予想される。