第294回(7月16日) TPPと農林水産対策(3)参院選の審判いかに
 政府は6月28日、環太平洋経済連携協定(TPP)関係閣僚会議を開き、司令塔となる「TPP政府対策本部」(本部長=甘利明TPP担当相)の職員を約40人増強して113人体制とする人事を決めた。TPPの第18回交渉会合は7月15~25日にマレーシアで開かれるが、米議会の承認に90日間要したため、日本が正式メンバーになれるのは同23日で、実質3日間の参加でしかない。積極対応の布陣として、政府は鶴岡公二・首席交渉官(経済担当外務審議官)を「政府代表」に任命。鶴岡氏を補佐する首席交渉官代理を新設し、大江博・前パキスタン大使を起用。交渉担当者は外務、経産、農水、厚労など各省庁から新たに約30人を集め、対外交渉を担う「交渉チーム」は80人体制となる。農協(JA)の反発が強いため、安倍政権は参院選ではコメなど5品目の関税維持と、閣議決定した成長戦略で「農業・農村の所得倍増」を掲げ,農地集約や農家が加工・販売に乗り出す「6次産業化」を打ち出した。だが、実施に必要な「株式会社の農業参入拡大策」を含め、減反などの規制緩和を公約から外した。日本のTPP交渉参加は参院選直後の23日から始まり、いきなり正念場を迎える。TPPの交渉団は、自民党が公約した通り「TPP交渉は交渉力を駆使し、国益にかなう最善の道を追及」できるか。会合では最低でもコメ、麦、牛・馬肉、乳製品、砂糖の5品目の関税維持を守ってほしい。私は農林担当の政調副会長として交渉の推移を見守り、助言する考えだ。

コメなど5品目生産が大幅減少
 日米同盟は冷戦下の安全保障面では比較的堅実に維持され、首相も同盟進化に努めているが、沖縄返還では繊維交渉が絡み、「糸を売って縄を買う」と言われた。1980年代は牛肉・オレンジ自由化交渉、自動車摩擦で激しく対立した。米議会には業界利益を代表するロビーストが政策を後押しする。日本で高関税をかけて守っているのはコメ、麦、牛・馬肉、乳製品、砂糖などで生産額を単純に足すと3兆円を超える。関税が無くなれば輸入品に押され、値段も下がり、生産額が数千億円以上減るのは確実。コメ作りの専業農家は大変だ。平均年収約580万円のうち7割をコメの売り上げや政府からの所得補償が占める。コメは年間800万トンほど売られ、他に政府が主食用の輸入米を約10万トン仕入れて業者に売っているが、関税が無くなれば米国やベトナムなどが生産態勢を整え、輸出を増やすから200万~400万トンが輸入米に置き換わるという。それだけに自民党は先の衆院選以来、TPP交渉参加には「聖域なき関税撤廃を前提にする限り、交渉参加に反対」を唱えてきた。

米国は経済で弱肉強食の姿勢
 しかし、先の日米首脳会談でオバマ大統領は安倍首相が要求したコメなど5品目の関税維持については手の内を見せず、逆に日本車の関税撤廃には「最大限後ろ倒しにする」で合意した。米国のロビーストは財界の後ろ盾で、経済問題には「弱肉強食」の姿勢を貫き、政府に圧力をかけ続けている。マレーシア政府はTPP交渉について「協定文29章のうち、14章で技術的で異論の少ない協議は実質的に終了した」との説明資料を公表した。14章には関税は含まれていない。この関税など市場アクセス(参入)分野が交渉の焦点になる。朝日は参院選公示前の6月29日、「地方紙はTPPに慎重 全国紙に多い賛成」の記事と賛成、反対両派の編集委員の対談を掲載した。砂糖の原料テンサイや畜産の産地の北海道新聞や、サトウキビ、牧畜の南日本新聞(鹿児島)が慎重なのは当然だ。読まれた方も多いと思うが、TPPを考察するうえで農業に関する朝日の両編集委員の論点を整理してみよう。

関税・減反の消費者負担は1兆円
 賛成派の原真人委員は①リーマンショック後、輸入規制など保護主義的動きが目立つが、世界貿易機関(WTO)は10年越しの 多角的貿易交渉に失敗し規制強化の役割を果たせない②170万コメ農家の多くは65歳以上の高齢者で10年もすれば後継者が居なくなる。農地を早く円滑に地域の中核農家に集める必要がある③コメが安くなるのを拒否するのは本末転倒、減反のカルテルで生産量を絞り高関税で高値を維持してきたが、減反をやめ、安くして消費を刺激すべきだ④米国加州は稲作に必要な水資源に限界があり、インフレや人件費の上昇で中国からの輸入米は値上がりし、国内米価に急接近している⑤農家には戸別所得補償などの補助金が年間6千億円出ているが、国民はこの負担と関税・減反による消費者負担で合計1兆円も払っている。二重保護は過剰だ⑥環境や資源保護を考えても地産地消が望ましいが、日本は100%自給できない宿命なので、食料貿易を円滑に続け、食の安全も確保する国際ルール作りに積極的に関与すべきだ――など、自由貿易推進を主張する。

土地狭く大型化コスト削減に限界
 これに対し、慎重派の小山田研慈委員は①自由貿易は大切で、各国が高い関税を設けた成長期はお互い引き下げで大きなメリットを得られたが、今は効果が薄い②TPP参加で農産物の生産額は3兆円も減るのに、自動車の最大輸出先・米国の関税は日米合意で当面維持される。たとえ関税が下がっても円高に動けば輸出効果はなくなる③コメの生産コスト削減は不可欠で価格を下げて本格的に輸出し外食産業にも買ってもらわないと展望は無い④だが、輸入米の品質も上がり、見た目も果物や野菜のような違いが出せない。なにより日本の土地は狭く大型化によるコスト削減には限界があり、大型農家でも耐えられない⑤米国で一番コメ生産が多いのは水が豊富なアーカンソー州で、市場が開放されればベトナムなども日本向けコメ作りが広がる⑥農家の支援は関税でなく補助金に一本化すべきだとの意見があるが、TPPで関税収入1200億円分が無くなれば補助金の財源が確保できるか⑦TPPはコメ専業農家だけでも数十万人の生活に影響を与え、脱落農家は多く、地域経済への影響は大きい⑧蛋白供給源の牛・豚肉、乳製品は合計ではコメより生産金額が大きく、一度無くなったら再生は難しい⑨一番の心配は食の安全。1985年に38万件だった輸入食品は2011年度には209万件となり安全性に問題があるとされた――など慎重論を展開した。

米自動車界は関税聖域化を求む
 米通商代表部(USTR)は2日、TPPへの日本参加について業界団体から対日要求を聞く公聴会を開いた結果、米自動車業界は日本車にかけている関税は「最大30年間維持してほしい」と聖域化を求めたという。4月にまとまった日米事前協議では「自動車関税は最大限後ろ倒しにする」とし、米韓自由貿易協定(FTA)で定めた乗用車5年、トラック10年と比べても、関税維持が実質的に上回ることで合意。日本のコメなど5品目の関税維持についての折衝は進展しなかった。さて、首相は「国益最優先で交渉に当たり、“攻めの農業”に徹する」と言うが、農家の皆さんを含め有権者は参院選でいかなる審判を下すだろうか。
               (以下次号)