第290回(5月16日)安倍政権の安全保障政策(5)北朝鮮の威嚇対応
    朝鮮戦争休戦協定の白紙化宣言
 北朝鮮は2月の核実験に対する国連安保理事会の制裁決議や米韓軍事演習に反発して、3月初めに中距離弾道ミサイル「ムスダン」2基を貨物列車で日本海側に移動させたことが米国の情報衛星で捕捉された。日米韓3国は北朝鮮が予告なしに不意打ちで発射する可能性があると見てイージス艦、地対空誘導弾パトリオット3(PAC3)などで迎撃態勢を整えた。北朝鮮は米韓合同軍事演習「キー・リゾルブ」が終了した4月末にムスダンの発射準備作業をひとまず中止した。しかし、緊迫状態は依然として続いている。北朝鮮は米韓合同演習が始まった3月11日、60年近く維持されてきた朝鮮戦争休戦協定が「白紙化された」と宣言。戦時状況に入ったとし直ぐにも攻撃に移るかの姿勢を取り続け、「核の先制攻撃」「1号戦闘勤務態勢」「射撃待機状態」「横須賀、三沢、沖縄など在日米軍基地も攻撃対象」と威嚇言動をエスカレート。多くの韓国企業が進出する南北共同事業の開城工業団地からの撤収、平壌駐在の外交使節団に「10日以降の安全を保証できない」と退避勧告まで出した。

イージス艦2隻、PAC3配備
 4月10日の「よみうり寸評」は「よくもまあ、こうも連日、手を変え品を変え、脅し、挑発を続けるものだ」と書き出し、「<夜郎自大>の度をエスカレートさせている。野郎は古代中国西南部の民族。漢の強大を知らず、自分の力量も知らずに勢力を誇ったと言われる」と解説し、北朝鮮が弾道ミサイルの発射を準備し、「朝鮮半島情勢は核戦争前夜」「戦争の導火線に火がつけば全面戦争となり、我が方の無慈悲な報復聖戦となる」など挑発的言動を続ける北朝鮮を批判した。小野寺五典防衛相は同月7日、弾道ミサイルの発射に備え、破壊措置命令を出し、9日までに海自のイージス艦2隻を日本海に派遣、PAC3を防衛省敷地内、陸自朝霞訓練場(埼玉)、習志野駐屯地(千葉)の首都圏や沖縄などに配備した。米韓も直ちにイージス艦計5隻を出動させた。イージス艦には海上配備型迎撃ミサイル(SM3)を搭載、仮に成層圏で迎撃に失敗してもPAC3が本土上空で撃退出来る。過去の破壊措置命令は2009年以来3回あり、いずれも北朝鮮が「人工衛星打ち上げ」と称して発射を予告したのに対応してきたが、今回は北朝鮮が公表しないと見て、「不測の事態に備え、国民の安全確保に万全を期す」(首相)ため,“発射予告”が無いまま異例の命令を出した。

米韓合同演習を侵略演習と非難
 北朝鮮は4月初旬、ムスダン2基を移動式発射台に載せた状態で日本海側の江原道元山の北方にあるミサイル基地に展開した。中距離の「ノドン」や短距離の「スカッド」計7基も咸鏡南道に展開した状態が続いている。昨年4月の軍事パレードで中国製の発射用軍事車両に載せて初公開したムスダンは、米本土まで届かないが、ハワイやグアムには届く射程3000キロ以上。日本全土が射程距離に入る中距離弾道のノドンは50~200基が実践配備されているという。短距離のスカッドも韓国向けに多数配備されている。日米韓が想定した北朝鮮のミサイル発射は、①4月11日の金正恩氏の第1書記就任1年②13日の国防第1委員長就任1年③14日の国際マラソン大会④15日の故金日成主席の生誕101年を迎える「民族最大の祝日」⑤25日の北朝鮮軍創設記念日――の5回で、正恩氏への求心力を高めるために発射すると分析された。北朝鮮が「侵略演習」と厳しく非難した米韓合同軍事演習は4月末まで行われたため、北朝鮮は振り上げた拳を下ろすわけにいかなかった。だが、米韓両国が対話の姿勢を示したことで北朝鮮の国防委員会政策局は18日、国連安保理事会決議の撤回や米韓合同演習の中止などを条件に米韓との対話に応じる声明を出した。

7~9月の建国60周年は要注意
 CNNなど複数の米メディアは6日、北朝鮮がムスダン2基を撤収したと報じた。米韓合同軍事演習が4月末に完了したことに伴うもので、一応小康状態に戻った。朝日によると、北朝鮮は連日、軌道などを地上の基地に伝えるためにムスダンから発信されるテレメトリー信号を地上基地の通信管制用レーダー波などで確認する発射準備作業を続けていた。だが、日米韓3国は4月20日過ぎから確認作業の際に試験的に発生させる電波を傍受できなくなったという。一方、4月中旬まで日本海に展開し弾道ミサイルの監視を任務としていた米海軍のミサイル追跡艦オブザベーション・アイランド(排水量1万7015トン)が同26日、米海軍佐世保基地に戻った。しかし北朝鮮は米軍が5月末に延期したとする大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を警戒、9基の弾道ミサイルは米軍の「抑止力」として展開を続けそうだ。今後も7月27日の朝鮮戦争休戦60周年パレード、9月9日の建国60周年記念日は要注意だ。60周年記念は「国防力強化の新たな成果で輝かす」と予告している。

米国防長官は報復攻撃姿勢明確
  ヘーゲル米国防長官は3月28日の記者会見で、「我々が眼にしているのは歴史の繰り返しだ。これまでも米国の注意をひきつけ、有利な状況に米国を引き込もうとしてきた」と述べ、北朝鮮が意図的に緊張を高めているとの見方を示した。その一方で北朝鮮が万が一、軍事行動に出た場合は直ちに対処する姿勢を明確にしていた。北朝鮮がミサイル発射実験を中断したのは、うかつに発射すれば米国が即応しピンポイント爆撃で基地を報復攻撃し、全面戦争突入―国家滅亡の危険があったからだろう。オバマ米政権は3月末、B2ステルス戦略爆撃機をミズーリ州の空軍基地から無着陸で韓国まで飛ばし爆撃訓練を実施した。B2だけでなくB52戦闘爆撃機や最新鋭のF22戦闘機も派遣した。しかし、4月初めに米本土の空軍基地で予定した大陸間弾道ミサイル(ICBM)「ミニットマン3」の発射実験は北朝鮮を刺激しないよう5月末に延期した。

開城工業団地撤収で北朝鮮疲弊
 B2爆撃機は垂直尾翼も水平尾翼もない胴体が主翼の中に埋まった巨大エイのような形。16発の核爆弾搭載が可能で、99年の北大西洋条約機構(NATO)によるコソボ空爆を皮切りに、2001年のアフガン戦争、03年のイラク戦争などで実戦投入された。ミズーリ州の基地を離陸後は空中給油を繰り返し、無着陸飛行で相手に気付かれないまま攻撃できる。米国が本格的な戦争に活用する機種だ。1機当たりのコストは7億~9億ドル(約7~900億円)。2機あれば「国民総幸福量」を掲げるブータンの年間国内総生産(GDP)に匹敵する。操業開始から9年の開城工業団地は将来の統一を見据えた壮大な実験場。123社の韓国企業が入り、5万3千人以上の北朝鮮労働者が働き、毎日数百台のトラックが行き来し累計生産額は20億ドル(約1900億円)を超えていた。

新たな挑発警戒し迎撃態勢維持
 北朝鮮が韓国に反発し工業団地から撤収したのに対し、韓国は5月初旬までに全社員と電力・機材を含む工場施設を本国に引き揚げた。北朝鮮は従業員の家族を含め約20万人が生活に困り、外貨収入も途絶えて経済がさらに疲弊するため、中国に雇用の援助を求めた。だが、中国国有銀行大手の中国銀行は7日、北朝鮮の「朝鮮貿易銀行」の口座を閉鎖し、金融制裁に踏み切った。米国防総省は2日、北朝鮮の安保戦略や軍事力に関する初めての年次報告書を議会に提出、北の核は米本土が目標」とし、米国が北の脅威を深刻に受け止めていることを示した。小野寺防衛相は11日、「何時、何処からミサイルが飛んでくるか分からない。中・長期的な警戒、監視体制を取り続ける」と語ったが、日米韓は北朝鮮が7月に向けてミサイル発射や第4回の核実験を含む新たな挑発に出ることを警戒、当面はイージス艦やPAC3による迎撃態勢を維持していく構えだ。
   (以下次号)