第289回(5月1日)安倍政権の安全保障政策(4)沖縄6基地の返還 米軍の抑止力は大丈夫か
 中国は尖閣諸島の領海侵犯を続け,4月23日は海洋監視船8隻が12時間も領海に侵入した。中国機に対する空自の戦闘機による緊急発進は300回を超えた。北朝鮮のミサイル発射を巡る危険な挑発言動は依然続いている。3国回り持ちの日中韓首脳会談も秋以降に先送りされた。在日米軍の抑止力は大丈夫なのか。日米両政府は4月5日、沖縄県嘉手納より南の米軍6基地の返還時期を9年後の2022年度以降に集中すると発表した。これに先立ち、安倍政権は2月の日米首脳会談で確約した早期移設を実現しようと、3月22日に普天間飛行場移設先の名護市辺野古沿岸部埋め立てを仲井真弘多知事に申請している。仲井真知事は申請を受理したが、名護市の稲嶺進市長は「不意打ち、抜き打ち的な申請には憤りしかない」と反対。米側が基地返還の期限設定に難色を示し、「またはその後」と留保条件をつけたことにも、稲嶺氏は「多くの返還基地は県内移設が前提で、沖縄の負担軽減にはならない」とさらに反発した。仲井真知事は8ヶ月をメドに承認の可否を判断するが、任期満了を迎える来年2月の名護市長選で反対派が勝てば、移設は一層厳しくなりそうだ。

国有化以来、日中対立は深刻化
 昨年の衆院選公約に「県外移設の実現に取り組む」と明記した自民党県連も参院選で再び地方公約に掲げる姿勢を堅持、石破茂幹事長の説得にも応じていない。安倍内閣は1952年に桑港講和条約が発効した4月28日を「主権回復の日」と位置づけ陛下ご臨席のもと式典を開いたが、仲井真氏は沖縄が米軍の施政権下に置かれた「屈辱の日」と受け止め欠席。今月下旬にソウルで開催しようと調整していた日中韓首脳会談は中国が日程に難色を示し、参院選後の秋以降に先送りされる見通しだ。日本が沖縄県尖閣諸島に「領有権問題は存在しない」との立場を崩さない以上、中国側には「局面打開が期待薄な状況で首脳会談を開いても、出席する李克強首相にはリスクにしかならない」との懸念があったようだ。日本が尖閣諸島を国有化して以来、日中の対立は深まるばかり。防衛省によると、12年度の日本に接近する中国戦闘機に対する航空自衛隊の緊急発進(スクランブル)は306回で、ロシア機の248回を上回った。対中国機は08年度の31回から増え続け、11年度に156回、12年度はその2倍に増えた。昨年4~6月が15回、7~9月が54回、10~12月が91回、今年1~3月が146回と国有化以降が急激に増えている。昨年12月に中国国家海洋局のプロペラ機が初めて魚釣島南方の領空を侵犯、4月17日には中国軍艦が尖閣周辺を巡航した。

14地区の計1千ヘクタール超
 「日米双方が沖縄の負担軽減について強い意志を示すことになった。一日も早く返還が進むよう努力を重ねていきたい」――首相は同5日、ルース駐日米大使と返還計画を共同発表した後の記者会見で胸を張った。早急に普天間移設と米軍基地返還を実現し北東アジアの抑止力を万全にしたい意思の現れだ。計画では年度内にも速やかに返還される13年度の牧港補給基地北川進入路を筆頭に、14年度に部分開始のキャンプ瑞慶覧、22年の普天間飛行場と陸軍貯油施設のキャンプシュワブ、25年度のキャンプ桑江、28年度の那覇港湾施設、以上の沖縄県で人口が多い嘉手納以南6基地、14地区の計1千ヘクタール超の土地が段階的に返還される。日米両政府は2006年の合意で、6基地のうち普天間飛行場の返還を優先して14年までの期限を設定したが、鳩山元首相の「最低でも県外」の発言で県内移設反対の声が高まって断念。昨年4月には普天間返還を優先する項目を削り年末までに全体の具体的計画作りで合意した。これは普天間移設の停滞がグアム移転を遅らせる「悪循環」を防ぐための止むを得ない措置だったが、オスプレイの移駐問題などで交渉が停滞した。

米は「またはその後」と玉虫色
 首相は2月下旬の日米首脳会談で県内移設の早期実現を確約し、首脳同士の信頼関係の構築に努めた。オバマ大統領に確約した通り辺野古の埋め立て申請に踏み切ったが、返還地区の時期を明記できなければ沖縄の反発は強まるばかり。そこで、普天間移設、海兵隊移転、施設返還の3課題を一気に解消するため、積極的な日米交渉で嘉手納以南の6基地14地区を13~28年度までに段階的に返還する計画を立て、中でも住宅密集地の普天間飛行場(約481ヘクタール)は、仲井真知事の辺野古埋め立て承認期間の8ヶ月や移設工事期間約の約5年を含め、「9年以内」(22年度)の返還をアピールしようとした。しかし、米国は①各施設の移転先が全て決まっていない②辺野古移設のメドも立っていない③米議会で国防費などの歳出が強制的に削減され、グアム移転も遅れる可能性がある――などから、交渉では財政的にも明確に返還期限を区切ることに難色を示した。とはいえ、オバマ政権は民主党政権でこじれた日米関係を安倍政権との間で修復したいのが本音。いずれの施設に明示された返還時期にも「またはその後」という玉虫色表現を加えて折り合った。

仲井真知事の埋め立て許可困難
 米軍基地の返還要求運動は、1995年の米兵による少女暴行事件に県民の怒りが広がったのがきっかけ。日米両政府は沖縄の負担軽減を掲げ「沖縄特別行動委員会」(SACO) を設置、翌96年に住宅密集地の普天間飛行場(宜野湾市)の返還で合意、11基地返還の道筋を示した。当時の橋本龍太郎首相は「5~7年ぐらいに全面返還される」と強調したが、「県内移設」に地元が反対し、これまでに返還されたのは読谷補助飛行場など5基地だけ。だが、普天間移設は米国が世界的に進める米軍再編で再び動き出し、在沖海兵隊のグアム移転を前提条件として、移設先の名護市辺野古にV字形の滑走路を建設する計画を決め、「14年までに完成が目標」と設定された。ところが、09年の政権交代で鳩山由紀夫元首相が「最低でも県外」と発言して県内移設への反対論が沖縄で膨れ上がり、自民党政権が築き上げた辺野古移設計画は水泡に帰し民主党政権は昨年、普天間移設とは切り離し5施設・区域の返還を進めることで日米が合意していた。安倍政権はこうした経緯を踏まえ、沖縄の負担軽減を最優先に普天間飛行場の返還を盛り込んだ返還計画をまとめたが、県内では全市町村長が普天間の県内移設に反対しており、仲井真知事が埋め立て許可を決断するのは困難だ。

主権回復は米統治入りの屈辱日 仲井真知事
 小野寺五典防衛相が4月6日、那覇市内で返還計画を説明したのに対し、仲井真知事は「返還時期がわからない。書きぶりがあいまいだ」と指摘。「22年度以降というが、9から10年固定化するのでは長すぎる」と記者団に不満を述べ、政府が主権回復、国際社会復帰を記念して開催した28日の「主権回復の日」にも、「主権回復どころか、今の沖縄の基地問題はみんなそこから来ている」と不快感を示し、欠席した。1952年4月28日にサンフランシスコ講和条約が発効し、日本は連合国の占領から独立したが、沖縄、奄美群島、小笠原諸島は米国の統治下に入ったため、沖縄では「屈辱の日」と呼ばれているからだ。沖縄県議会の野党会派は「屈辱の日を祝う式典開催は、沖縄の2度目の切捨てに他ならない」とし、式典と同じ日時に抗議大会を開いた。沖縄は本土復帰41年を迎えるが、今なお米軍基地の7割を抱え、住宅密集地にある基地飛行場の危険性、騒音被害に加え、相次ぐ米軍人による犯罪などで県民の精神的、物理的負担は限界に達している。県民が「県外移設」を望むのは当然だ。国民全体で負担を分かち合うことが出来ないなら、手厚い税財政措置で報いるしかない。           
                                      (以下次号)