第259回(1月16日)中国漁船の領海侵犯(中)根こそぎ魚獲る
  昨年11月6日に五島沖で起きた中国漁船の船長逮捕事件は、私も偶然「上海航路」第1便の船上から目撃していた。中国漁船は12月20日にも小笠原諸島の嫁島近くで操業、船長が海上保安庁に逮捕された。上海航路はハウステンボス(HTB)が開設を推進。子会社のHTBクルーズが運行し、約800キロの長崎―上海間を約22時間で結ぶ。昨年が長崎県と上海市の友好交流関係樹立15周年と孫文の辛亥革命100年に当たることから昨年内に第1便が就航した。両都市間の定期便は1923年に開設、貨客船2隻が運行したが、太平洋戦争中に相次ぎ沈没し途絶えた。94年に再開されたが、約3年後に廃止。それを格安運賃HISの澤田秀雄社長がHTB社長に就任、HTBを黒字に転換させた後、航路の再開に踏み切った。同4日には孫文の盟友で長崎市出身の偉大な実業家・梅屋庄吉の銅像除幕式が上海中心部の紹興公園で開かれ、中村法道知事ら約200人が参列した。孫文が日本に潜み革命工作を推進した大正時代、庄吉は当時のカネで約1兆円の援助をした最大の支援者。ひ孫の小坂文乃さんは現在、東京・日比谷松本楼の常務取締役である。

安保・交易・通信・観光の要衝
 長崎―上海航路開設に加え、整備新幹線長崎ルートの着工も決まった。長崎を基点とした中国からの日本国内ツアーや上海市場に長崎の特産品を売り込むなど両国のヒトと物の交流が期待されている。今年は明治5年(1872年)6月に郵便制度を全国実施する太政官布告が発せられて丁度140周年になる。郵便の父・前島密が明治4年8月に英国出張から帰国し、駅逓頭に就任。駅逓事業の近代化に取り組み、素早く同年12月に東京―長崎間の郵便路線を開通させた。長崎までの開通を急いだのは大北電信会社の上海―長崎間海底線が同4年6月に完成し、海外との電信が可能になっていたからだ。日本の玄関口・長崎は元寇の襲来、明治の日露海戦出撃の基地佐世保、昭和の原爆投下と、絶えずわが国の安全保障の原点にある。それに江戸の鎖国時代は出島の貿易、明治維新後は郵便と、史上常に安全保障・交易・通信・観光の発祥の地・要衝であった。その使命を帯びて私は安保と平和を最重点に漁業振興などに取り組んできた。とりわけ1昨年秋の尖閣列島沖の漁船衝突事件で日中関係は冷え込んだが、今も日本近海で中国漁船の不法操業が続いている。

自民党調査団を五島に年末派遣
 中国のトローリングは成魚ばかりでなく、稚魚まで獲り尽くす目の細かい底引き網を使用しており、漁業資源の枯渇ばかりか、漁礁まで破壊するので被害は甚大だ。長崎県の五島列島や対馬近辺の領海でも、中国漁船がフグよりも高価なクエなどを含む海底の魚類を根こそぎ獲り尽くしている。しかし、予算の少ない海上保安庁は巡視船の数が少なく不法漁船を発見しても警告を発し領海外に追い出すだけで拿捕には至っていない。中国の漁船長が昨秋、逮捕された鳥島の中岩は日本EEZの基点となる99島の1つ。そこで、海保庁が五島列島の周辺海域でどのように警戒、警備、取締りをしているかを視察するため、自民党の調査団を12月9,10日、五島市に派遣した。団の構成は私と党「領土特命委員会」の進藤義孝委員長代理、佐藤正久事務局長の3人。時化でチャーター漁船での鳥島、男女群島の現場視察は出来なかったが、海上保安署、漁協などで貴重な意見を聞いてきた。                                                                           (以下次号)