第254回(11月1日)TPP党内調整で首相正念場 農業団体猛反発
 野田首相は11月から外交の季節に入る。3,4日に仏・カンヌで開くG20首脳会議では欧州の金融不安を討議、12,13日の米・ハワイで開催のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議では環太平洋経済連携協定(TPP)問題を協議、17~19日はインドネシア・バリで東南アジア諸国連合(ASAN)関連首脳会議が開かれる。TPPは原則的に関税撤廃を目指すが、米国は砂糖と乳製品、牛肉などを例外扱いにするよう主張、ベトナムは国内鉄鋼産業の保護を訴えている。まして、日本はコメ778%の高関税に守られている農業団体が「農漁業の崩壊だ」と猛反発、民主党の小沢・鳩山グループなど反対派は約210人の署名を集め、医師会にも「医療格差が生じる」と呼び掛け反対運動を展開中。TPP参加は菅前首相が「平成の開国」と唱えた看板政策。沖縄の普天間飛行場移設問題で日米関係がきしむ中、野田首相も市場の開放で経済を活性化させようと前向きに取り組む推進派だ。「まず交渉に参加し、その後に加盟か、撤退かを検討する」作戦を立てる一方、来年度予算案に「農業再生計画」を盛り込んで農業団体をなだめ、難関を突破する構え。党の水産部会長を2度務め衆院農水委員の私も多大な関心を寄せている。

日韓会談はTPPの思惑絡み
 首相は10月18、19の両日に訪韓、李大統領との会談で、①通貨危機に外貨を融通仕合う日韓通貨スワップ枠を5倍強の700億ドル(約5・4兆円)に拡充②日韓の経済連携協定(EPA)交渉の早期再開へ実務者協議本格化③北朝鮮の拉致問題の韓国支持を含め、核廃棄に向けた連携を確認――などで合意し、植民地時代に日本にわたった朝鮮半島由来の「朝鮮王朝儀軌」のうち重要な5冊を手渡し、李大統領の早期訪日を要請した。これは9月末にニューヨークで開催した日韓首脳会談で、首脳同士の往来を活発化する「シャトル外交」で一致してから2度目。今回は日韓EPAの交渉を推進させて、11月に開催されるAPEC首脳会議でのTPP交渉参加問題を有利に展開させたい首相の思惑が絡む。それというのも、菅前首相が6月22日に東京で開いた日中韓3首脳会談で「日中韓のFTA(自由貿易協定)の産官学研究を年内に終える」ことで合意したことに、米国は「同盟国の米国を差し置いて中国と貿易、自由化を話し合うつもりか」と抗議、9月21日の日米首脳会談でオバマ大統領はTPPの国内論議の加速を野田首相に求めていたからだ。米国には日本をパートナーとして、東南アジア諸国などをTPPに巻き込み、経済的に昇竜の勢いの中国を牽制する政治的狙いがあった。それを先読みしたのが韓国の動きだ。

軍事・経済両面で米韓同盟強化
 李大統領は10月13日の米韓首脳会談で「米韓同盟をテロや貧困問題などの国際的な課題に対応する戦略同盟に発展させる」と軍事・経済両面の同盟強化で合意。両国が結束して北朝鮮に非核化の説得を続ける方針でも一致した。韓国は日本と同様、軍事分野で米国離れしぎくしゃくしていたが、米国は13年ぶりに国賓として招待。両首脳が気さくに韓国焼き肉屋で食事するなど友好を盛り上げ、訪米前夜の12日夜、上下両院本会議は韓国・パナマ・コロンビアとの自由貿易協定(FTA)法案を可決、議会を挙げて歓迎した。輸入車への関税は韓国が8%、米国が2・5%掛けているが、韓国はFTA発効とともに4%に引き下げ5年目に全廃する。韓国側は自動車や電化製品の対米輸出拡大を見込んでいる。会談では「米韓FTAで双方の雇用増、経済成長が促進される」とうたい上げ、李大統領は会見で「政治・軍事に経済を加え、韓米関係が一層飛躍することになった」と意義を強調した。米韓FTAの後は韓国のTPP加盟の筋書きが見えており、米韓が多元的な同盟強化を図ったことでアジア・太平洋の安保、貿易の主導権は日本から韓国へ移りつつある。

アジア太平洋は成長のエンジン
 菅前首相は「6月までにTPP参加の是非を決める」と発言していたが、大幅に遅れている。野田首相は訪韓前の17日、TPP問題で記者会見し、「アジア太平洋地域は間違いなく成長のエンジンとなり、高レベルの経済連携は日本にとってプラスになる」と指摘、「被災地の農業再生、産業空洞化の回避など広範な視点から議論し、なるべく早く結論を出す」と述べた。外務省も同日、民主党の経済連携プロジェクトチームでTPPの利点と懸念を表明した。利点には①経済協定を結んでいない米、豪、ニュージーランドなどへの輸出品の関税が撤廃され、資源の安定調達の道が開ける②マレーシア、ベトナムなどの新興国の公共事業に日本企業が参入しやすくなる③新興国の外資規制自由化、出店規制緩和で日本の金融機関や企業の進出が促進される――など。その裏返しのデメリットには①「聖域」のコメ、小麦、乳製品など940品目で関税撤廃を求められる可能性がある②国際入札の基準額引き下げが求められれば、海外企業が日本市場に入りやすくなる③弁護士や医師などの資格を相互に認めて受け入れるなら国家資格の整合性が問題になる――などを挙げた。

米国は輸出拡大で経済立て直し
 TPPはシンガポール、チリ、ニュージーランド、ブルネイの太平洋を囲む4か国が2006年に発効させたEPA(経済連携協定)だった。これに豪、ペルー、ベトナム、米、マレーシアの5カ国が相次いで参加を表明、10年10月から9か国で交渉を続けている。読売によると、オバマ政権は輸出拡大による経済立て直しを目指し、TPPをてこにアジア太平洋地域で主導権を握ることを狙っている。交渉は農業や工業製品の関税撤廃が原則で、従来のEPAよりも高いレベルの市場開放を求めている。また、貿易自由化を加速させるため、関税以外にも、投資環境や知的財産の整備、公共事業の入札のあり方(政府調達)、人の移動といった計24分野の作業部会を設けで論議。第9回会合は10月24日にペルーで開かれ、11月にハワイで開くAPEC首脳会議での大枠合意に備えた協議を行った。外務省が挙げたように、日本にとってTPPへの参加は工業品などの輸出を拡大、海外市場を取り込んで国内の産業空洞化を防ぐメリットがある。ハワイでは2回目の日米首脳会談が予定されるが、日本は米軍普天間飛行場の移転問題で米国の信頼を失っており、首相はオバマ大統領が推進するTPPに前向き姿勢を示さざるを得ないと考えている。

閣僚会合は異論出てギクシャク
 そこで、野田首相は10月11日、「ETAAP(アジア太平洋自由貿易地域)・EPA閣僚会合」を開いてTPP対応を協議するとともに、連合の古賀伸明会長と官邸で会い、APEC首脳会議でTPP交渉参加を表明することを念頭に、政府与党内の調整を本格化させる決意を表明した。しかし、関係閣僚会合では交渉参加に慎重な鹿野道彦農水相が「何のための議論か整理する必要がある」と口火を切れば、参加に前向きの玄葉光一郎外相が「しかるべき時に取りまとめてほしい」とクギをさし、一川保夫防衛相が記者会見で「もう暫らく議論した方がいい」と慎重姿勢を示すなど閣内はギクシャク。民主党の経済連携PT(座長・鉢呂吉雄前経産相)も同日、役員会を開催したが、議論は進展しなかった。PTの顧問には推進派の仙谷由人政調会長代行と岡田克也前幹事長、反対派の山田正彦前農水相らを選出しているが、山田氏が会長を務める超党派議連「TPPを慎重に考える会」(191人)は小沢、鳩山グループを中心に212人の署名を集め、反対運動を展開している。

生産・消費両面から自民慎重検討
 反対派はTPP参加の結果、コンニャクイモ1706%、コメ778%、バター360%、小麦252%などの高関税が維持できなくなり、米国、豪州などから低価格の農産品輸入が増え、農家が大打撃を受けると懸念する。さらに、農業の市場開放に止まらず、医療分野の自由化や海外からの単純労働者の大量流入を招くと心配する。投資分野の規制が緩和されれば混合診療や医薬品制度の自由化、医療法人以外の株式会社による病院経営にも道が開かれ、健保など公的医療保険制度が崩壊するとして、12日に開いた反対派の勉強会には日本医師会、日本歯科医師会、日本薬剤士会の幹部が出席し、「医療に格差社会が生じる」と懸念を訴えた。このため、14日に国会内で開いた経済連携PTの初総会は反対・慎重派からPTの役員人事の見直しを求める意見が出るなど紛糾し、実質的審議に入れなかった。このため、20日に慎重派の川内博史衆院議員を副座長に起用、7人を役員に追加したが、反対派はその後も各地で反対決起集会を開いている。自民党は「外交・経済連携調査会」(会長・高村正彦元外相)を新設、意見集約を図っているが、農業に重大な影響を及ぼすために賛否両論があり、生産者、消費者の両立場から慎重に検討中で、現在は政府与党の「お手並み拝見」の状態。公明党も政府与党の対応を見ながら慎重に対策を練る構えだ。

農業再生計画に有効支援策なし
 みんなの党は推進派。与党の国民新党と共産、社民両党は反対している。野田首相はアジア市場の需要を取り込む形で産業の国際競争力を強化し経済成長を促そうとTPPに前向きで、政府は25日に農林漁業の再生に向けた「基本計画・行動計画」をまとめた。「高いレベルの経済連携と両立する持続可能な農林漁業を実現、食料自給率50%の達成」を目指し、①水田農業の規模を平地で20~30ヘクタール、中山間地で10~20ヘクタールに拡大②新規就農を大幅に増やし定着させる経営支援③農協の販売力強化、農業委員会のありかた検討――など、「6次産業化」の官民共同ファンド設立を含め、手厚い農業再生強化策を5年間で集中展開、農家の不安を解消する方針だ。しかし、93年のウルグアイラウンドで宮沢、細川両内閣もコメの全面関税撤廃を求められて苦労し、6・1兆円の農業再生計画を打ち出したが、兼業農家が多いため集約農業・大規模栽培の農業経営は実現していない。今回も財源の調達手段や大胆な農業支援策に踏み込んでいないうえ、農業の戸別所得補償制度など民主党が掲げるマニフェストを見直す必要が出てくる。これには小沢、鳩山両グループが反発し、小沢氏は20日の記者会見で、「自由貿易には賛成だが、弱い産業部門が『関税撤廃だ、自由競争だ』となるなら、セーフネットが必要」と慎重論を述べている。首相は党内の反対派を説得できるかどうか。重大な岐路に立たされている。