第243回(5月16)論議呼ぶ「分都、遷都、展都、道州制」(2)
 阪神・淡路大震災当時、自社さ連立の村山政権は先の参院選公約で景気対策として、新首都建設の促進を新3党合意の中に盛り込み、公共事業費の大幅増による内需拡大を狙った。そして、当初は3月に予定していた同調査会の最終報告を3ヶ月も前倒しして、2年程度をめどに候補地を決定することにした。同調査会が95年末に発表した最終報告書の新首都選定基準は①国内各地からのアクセスに大きな不均衡が出ない②東京からの距離は60~300キロ程度の範囲で東京圏との連なりを避ける③40分以内に到達できる国際的空港がある④広大な用地が迅速かつ円滑に取得できる⑤地震、噴火など大規模な災害に安全性が高く、東京と同時に被災する可能性が少ない⑥自然災害で都市活動に著しい支障が出ない⑦山岳部や急峻な地形の多い場所は避ける⑧総人口60万の都市群の出現で需給が逼迫する地域は避ける⑨政令指定都市級の大都市から十分な距離を保つ」-――の9項目。

当時も仙台南部地域など有力
 新首都建設推進協議会が95年9月にまとめたアンケートでは、16道県知事が誘致を希望、首都移転を求める決議を行った県議会は8つを数えた。東北経済連合会は独自に11項目の適地調査を行い、宮城県の仙台南部地域と福島県の阿武隈地域を選定した。栃木県は那須御用邸を自慢に那須地域を、茨城県は「交通便利、水も豊」を売り物に筑波山を挟む東側の日立平野と西側の下館・真壁など2地区を名乗り上げた。静岡の豊橋商工会議所も、伊那谷(長野)、浜名湖(静岡)、三河湾(愛知)、伊勢(三重)をつなぐ三遠南信伊勢地域に首都機能を分散配置する構想を提言している。このほか、苫小牧(北海道)、松本(長野)、富士裾野(静岡)、東濃(岐阜)、名古屋(愛知)、琵琶湖(滋賀)などの圏域が熱い誘致合戦を展開した。最終報告書だと仙台南部地域や北関東が有力だったが、外れた地域から猛反発運動が起きる恐れがあることから、報告書では「3百キロを越える地域でもそれ以外の基準に合う適地なら検討の対象に加える」と遠隔地にも配慮し、原案にあった「特別豪雪地帯」「人口重心の付近の日本中心部」などの豪雪地や太平洋ベルト地帯を外す記述を削除した。

青島都知事反対し展都が先行
 最終報告書を受けた村山首相が「国民の合意形成のため一層努力をし、早期実現に積極的に努めたい」と述べたのに対し、青島都知事は「国民のコンセンサスを得られていない現段階で、結論を急ぎ過ぎる」と批判、地方分権、規制緩和の優先を主張した。この時、遷都に対抗し、展都を主張したのが東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県と横浜、川崎、千葉の3市。95年6月に7都県市の「首都圏サミット」を開き、「東京への一極集中是正には、遷都よりも大東京圏に業務核都市を整備し首都機能の一部を分散移転する展都の方が現実的」との「展都・分権白書」を発表した。これが現在ほぼ完成に近い「埼玉新都心」だ。旧国鉄の大宮操車場跡地の47ヘクタールを中心に浦和、上尾、与野の各市と伊奈町の4市町に跨る新都心が誕生している。一方、分都論は伝統・学園都市の京都に旧文部省、文化庁、商都大阪には旧通産省というように官庁を移転させるもの。建築家の故・黒川紀章氏は「バブル経済がはじけ、空き家になった賃貸ビルを活用すれば安く済む」と神戸、大阪、名古屋、京都などへの分都で、東日本経済圏の過度集中を解消すべきだと主張した。

橋下知事が2眼レフ分都構想
 橋下徹大阪府知事は、黒川氏とやや似通った分都構想を持つ。パラダイム・チェンジ(規範の変換)により、一極集中の首都機能を関西に分散、大阪が東京のバックアップ機能を果たす「2眼レフ」の東西首都体制を模索している。中小企業の多い商都大阪に中小企業庁、資源エネルギー庁など行政機構の移転に加え、証券取引所の証券機能や税関機能なども移すという。これは単なる都市機能の移転ではなく、関東大震災の再発に備え、銀行のATMと同様、行政のデータをデュアル(複数)化して保存、成田・羽田両空港か使用不能になった場合は関西・伊丹両空港に国際ハブ空港機能を瞬時に移し替えるなど東京のバックアップ体制を整える構想だ。具体的には、大阪府と大阪・堺両市を解体・再編して「大阪都」とし、その下に大阪、堺、茨木、吹田など特別区を置き、やがては道州制に発展させる考え。統一地方選の大阪府議選で地域政党「大阪維新の会」が過半数を獲得、大阪、堺両市議選でも第1党に躍進し、着々と大阪都の布石を打っている。関東大震災が起きれば死者7万人、被害額110兆円と想定されているが、石原慎太郎都知事は青島元都知事と違って、東日本大震災を教訓に、「都市機能の分散は必要」と橋下構想に賛同している。