第231回(11月16日)COP10の課題(中)
          議定書とターゲット策定したが…
 生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)は、最終日の10月29日から30日未明の全体会合で議長国日本の松本環境相が苦心の末に提示した「名古屋議定書」と「愛知ターゲット」を正式に採択し閉幕した。微生物や植物など生物遺伝資源の利益配分ルールを定めた名古屋議定書は①ワクチン製造に必要な病原体を簡単な手続きで取得できる特例措置を認める②各国は国内法に遵守して利益配分する③遺伝資源の利用に関する透明性強化と不正監視のため、1つ以上の監視機関を指定する④途上国に利益配分するための多国間の基金を創設――を骨子とし、途上国が過去に遡って遺伝資源の利益配分を強く求めていた点には触れていないが、途上国に配慮して利益配分用の多国間基金創設を盛り込んだ。フランスは100万ユーロ(約1億1千万円)の拠出を表明。途上国の遺伝資源の研究開発に10億円の追加援助を約束した日本も基金拠出を検討している。途上国のリーダー格ブラジルは生態系保全に「2千億ドル(約16兆円)必要」と多額の支援を強く要求、遺伝資源を人工合成した「派生物」も利益配分の対象に含めるよう求めていたが、議定書は先進国に配慮し明確な「派生物」の表現を避けている。

美辞の会議から利益配分争奪へ
 COP10は、1992年にブラジル・リオデジャネイロで開かれた「地球サミット」で、生物多様化性条約と気候変動枠組み条約に各国が署名を開始したのが発端。めでたく「名古屋議定書」が採択できるかどうかの鍵は、先進国と途上国が激しく対立するABS交渉だった。ABSとはアクセス・アンド・ベネフィット・シェアリング、遺伝資源の活用と利益配分のルールを見直す話し合いのこと。COP10は「生態系や希少動物を守ろう」という美辞麗句に彩られた国際会議で、当初は全世界の環境NGOが集まり熱気のこもった会合だったが、次第に「動植物は人類共通の財産」ではなく「保有国が持つ権利」に変わっていった。特に近年インドネシアは鳥インフルエンザのワクチン開発のための検体供出を、条約の「利益配分」原則を盾に拒否し、衝撃を与えた。ABS条項は拘束力が伴うだけに、ルール見直しの議論は妥協点を探りにくい。対立の溝を埋めて調整するのが議長国・日本の役割だった。クロマグロ規制論議が注目された3月のワシントン条約第15回締約国会議のカタール・ドーハ会場でも、絶滅が危惧される野生生物の国際取引の規制対象に、香油や香水の原料を抽出するローズウッドなど、植物を加える提案が相次いでいた。

大航海時代収奪の対価支払え
 前号でも触れたが、共同通信の情報などによると「薬の王者」アスピリンは、インドや中国では古くからヤナギの樹皮エキスの痛み止め作用があると知られていたものを、ドイツのバイエル社が、有効成分に副作用を抑える工夫を施して荒稼ぎした。インフルエンザ治療薬「タミフル」は、中華料理に用いられるハッカクの遺伝子情報を基に作られている。マラリアの特効薬キニーネも、南米の先住民がキナの樹皮に解熱作用を見つけたことから、薬効成分が抽出された。かつて英国は、ゴムの木の種などを原産地アマゾンから運び出し、東南アジアの栽培農園で繁殖させ、莫大な利益を上げた。途上国側が要求しているのは、こうした大航海時代に始まった「収奪」というか、「バイオパイラシー」つまり、生物・遺伝資源を略奪する海賊行為を先進国は大いに反省し、医薬品や食品を生み出す動植物、微生物への権利や、伝統的な社会が長期間かけて培った薬効の知識に対し、正当な対価を支払えということだった。資源保有国側の主な要求は①条約合意・発効以前に先進国側が入手した遺伝資源についても、遡って条約を適用②タミフルのように、遺伝子情報のいう「派生物」も遺伝資源と同様に扱う③ワクチン製造に用いられる病原体も遺伝資源として認める――というもの。

保護区設定なら漁業者に規制
 議定書では「派生物」を利益配分の対象にするかどうかは曖昧なままだが、生物遺伝資源を活用する製薬会社や化粧品メーカーなどへの大幅な規制強化は避けられることになった。名古屋会議のもう一つの課題は生態系保全目標「愛知ターゲット」の策定だった。こちらは「人間の豊かな生活を保証し、健全な生態系を確立・保全し、生物多様性の損失を止める」ための世界共通目標を定めた。20の個別目標のうち注目された「保護区」の目標については、陸域では先進国、途上国の案を折衷させた「17%」が、海洋ではカナダや東南アジア諸国が提案していた「10%」で折り合った。保全目標は2020年までの短期目標と50年までの中長期目標を決めなければならないが、こちらは拘束力がなく、現に10年までの現行目標は「未達成」と結論づけられている。これを受け、農水省は水産資源を回復させるため、新たに海洋保護区の設定を検討することになる。世界自然保護基金(WWF)の試算では、日本が設定している保護区の海洋面積は470平方キロ余で、領海の0・1%、排他的経済水域(EEZ)の0・01%程度だが、今後、広大な保護区が設定されれば漁業関係者が規制を受ける可能性も出てくる。次回は水産関係を取り上げる。    (以下次号)