第216回(4月1日)マグロ禁輸騒動にケリ 資源管理強化と養殖技術向上を
 「食卓からトロが消える」と庶民をやきもきさせた大西洋クロマグロの禁輸騒動は、3月18日に中東カタールのドーハで開かれたワシントン条約の締約国会議で否決され、日本は愁眉を開くことが出来た。サッカーの「ドーハの悲劇」を連想させたモナコや欧州連合(EU)の禁輸提案だったが、予想外の大差で否決し、日本の圧勝に終わった。日本が作戦勝ちした背景には、①リビアが「(取引禁止は)先進国の陰謀だ」と途上国に訴え、議論打ち切りと即時採決を提案した②漁業規制の波がサメ類に飛び火しないよう、アフリカに影響力を持つ中国が日本と共同歩調をとった③漁業国のアイスランドが秘密投票を求め、認められた――など欧州勢の足並みを乱す要因があり、これを正確に読み取った水産庁の周到な準備が功を奏したようだ。自民党の水産部会長として私もこの問題では心を砕いてきたが、まずは目出度し。今後はクロマグロの資源管理体制を厳格に守る一方、養殖技術の向上、地域に偏らない流通体制の整備などに取り組みたいと考えている。

中韓・リビアの同調で日本圧勝
 ワシントン条約締約国(175カ国)会議は18日に第1委員会を開き、地中海を含む太平洋産クロマグロの国際取引を禁止するモナコ提案を賛成20,反対68,棄権30で否決。禁輸実施まで1年間の猶予期間を設ける欧州連合の「修正禁輸案」も賛成43、反対72,棄権14で否決した。禁輸に賛成の米国やEUなどが会議最終日(25日)までに再投票を求めなかったため、否決は承認された。委員会では、即時禁輸を提案したモナコが「密漁が横行し、クロマグロは絶滅の危機に瀕している」と訴えたのに対し、日本は「ワシントン条約の管理下では資源の有効利用が出来ない」などと主張し、中国、韓国、アラブ首長国連邦、チリ、トルコ、リビアなどが日本に同調した。当初は、討議したうえで21日以降に採決する予定だったが、リビアが即日採決を提案。無記名投票の結果、モナコ案とEU案はともに採決に必要な3分の2以上の賛成が得られなかった。太平洋クロマグロは、49の国・地域が加盟する資源管理機関の大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)が資源保護を行ってきた。昨年11月にブラジル・レシフェで開かれた年次会合では、2010年の漁獲枠を09年比約40%減の1万3500トンに削減することで合意した。この削減率は過去最大だ。

中国が大票田アフリカ動かす
 しかし、ICCATの漁獲枠を無視した乱獲などのため資源量が急減し、環境保護団体などが「削減幅が小さい」と抗議し、野生生物として取引制限するワシントン条約での保護を求める声が高まっていた。モナコ提案は、EU加盟国間の取引は「国際取引」には当たらないとし、自国の排他的経済水域(EEZ)内で捕獲し、EU域内に輸出することは認めるという「EUの資源囲い込み策」だった。これに対し委員会では、世界のクロマグロの7~8割を消費する最大消費国として禁輸反対を唱える日本に、マグロの輸出国や途上国などの同調が相次ぎ、首尾良く否決された。インドネシアが「モナコ案は科学的根拠が乏しい割に社会的、経済的に与える影響が多過ぎる」と主張したように途上国の「数の力は」大きかった。読売は「反対票はアフリカ、中東、中米、南米の途上国を中心に積み上がった。こうした国々は長年の漁業研修や技術協力を通じて日本との関係が深い」と指摘、「様々なルートで協力を呼びかけた日本は『クロマグロで前例を作れば今後、漁種や海域が拡大され、自国の水産業にも影響が出かねない』との危機感を訴えた」と報じた。大票田のアフリカに根回ししたのは中国で、胡錦濤国家主席は資源外交で6回もアフリカ各地を訪問、信頼されている。今回はサメ類、宝石サンゴの商業取引を制限する案も提案されたが、中国は漁業規制の波がサメ類に飛び火し、フカヒレなど貴重な食材の確保が困難になることを懸念した。

功を奏した接待・ロビー外交
 結局、サメ類は北大西洋に多く生息するニシネズミザメを輸出許可制のEU提案通り可決したが、本会議で日中などが反対し再投票に持ち込んで逆転否決した。日本近海で多く捕獲されるアブラツノザメやシュモクザメなどの商取引を制限する米国・EU提案は第1委員会の段階で否決された。また、フランス、スペイン、イタリアなどのマグロ漁業に携わる団体は、アフリカ、トルコ、中東など沿岸国と提携し、EUの決定に従わなくてはならない自国に代わって「モナコ提案に反対」を訴える激しいロビー活動を展開した。仏漁民の立場を配慮したベルナール・クシュネル仏外相は「絶滅の危険性が科学的に証明されるまで、不可逆的な決定が下されないよう望む」とし、ICCATが11月までに発表するクロマグロ資源量の新評価報告に基づき実施すべきだと慎重意見を述べていた。日本も2月末、宮原正典水産庁審議官が先手必勝とばかり、極秘裏にリビアを訪問、最初は関心が低かったリビアを日本支持の取り込み、「即時採決」の提案者に担ぎ出した。ドーハの日本大使館には各国代表を招き、トロの刺身や寿司の接待攻めで、「食材のクロマグロを絶滅危惧種のパンダやシーラカンスと同列に扱うのはおかしい。ICCATの下で管理すべきだ」と訴えた。これが即採決に繋がり、EUの執行機関・欧州委員会は最終日の本会議での再投票を断念した。

反捕鯨団体も地中海参戦表明
 一夜明けた東京・築地の市場では「ひとまず安心」と、業者の安堵の表情が見られたが、禁輸論議はいつ再燃してもおかしくない。環境政党の欧州エコロジー党やグリンピース、世界自然保護基金(WWF)などの非政府組織(NGO)は「乱獲や密漁でクロマグロは絶滅寸前。ウミガメやサメまで巻き添えにしている」とネットや漁港で抗議行動を展開したが、国際自然保護連合(IUCN)が絶滅危惧種に挙げているのはクロマグロに限らず、ミナミマグロ、ハタ、マダイ、クエ、メバチなどなじみの魚も例示している。同じNGOの反捕鯨団体「シー・シェパード」はこれまで南極海で日本捕鯨船に過激な妨害を繰り返してきたが、モナコ提案の「否決」が決まったとたん、「地中海に進出しマグロ漁船を攻撃する」と宣言した。EU内には日本が資源保護を顧みず短期的利益の追求に走っているとの批判が強く、欧州委員会は資源量減少の科学的データを根拠に、EU単独でも取引規制に踏み切るべきだとの姿勢を強めている。さらに、2013年の次回ワシントン条約締約国会議でクロマグロ禁輸案が再提案されるのは必至だ。ICCATに対する不信感が強い状況下では、水産資源の管理強化などで日本が厳しい姿勢を示さなければ、禁輸騒動が再発するだろう。

禁輸網拡大狙う環境保護団体
 モナコはカジノ、ヨットハーバーなどが多い娯楽産業中心の都市で、日本の離島の町にも及ばない人口3万人のミニ国家。漁業国でないのに、何故クロマグロ規制の旗振りを演じたのか。謎めくが、背後には環境保護団体の後押しがあったと見るのが正しいようだ。今回は禁輸を実現できなかった環境保護団体だが、今後はキハダ、ミナミマグロ、欧州産ウナギ、クジラ類など、ほかの水産資源にもワシントン条約の網を被せる動きを始めることも予想される。日本で流通するマグロは年間約41万トン。このうちクロマグロは4万トン強。08年の大西洋クロマグロの供給量は約2万トンで、日本に出回るクロマグロの約半分を占めている。和歌山県串本町の大島には近畿大学の水産研究所大島実験所があり、32年がかりで02年にようやく世界初のクロマグロの完全養殖を成功させた。実験場では2歳半のクロマグロ600匹が飼育され、日本各地の市場にも出回り始めている。今後は厳格な資源管理と並行して、養殖技術の向上にも力を入れなければならない。