第188回(2月1日)3月に2段階海賊対策 海警行動と新法制定
政府・与党はソマリア沖の海賊対策を急ぐため、3月中に海上自衛隊を派遣するとともに、新法の「海賊処罰取締法」(仮称)案を今国会に提出する方針である。麻生首相は施政方針演説でも海自派遣と新法制定を確約した。海自派遣は現行の自衛隊法に基づき海上警備行動を発令するもので、与党海賊対策プロジェクトチームが1月22日、保護対象、武器使用、国会報告など海自派遣の行動基準をまとめた。新法は①現行法で不明確な海賊行為を新たな犯罪として明記②海上保安庁と海自に取り締まり権限を付与③海保の能力を超える事案は海自が取り締まる④保護対象を外国籍船にも広げる――などが検討されている。政府の方針に対応して民主党も対案の検討に着手した。ただ、現行法の海警行動では武器使用基準などに制約があるため、防衛省や公明党には「新法の制定を待って派遣すべきだ」との慎重意見が根強い。しかし、ソマリア海域での08年の海賊発生件数は前年より倍増しており、海賊被害が一段と深刻化し一刻の猶予もできない。政府・与党間のパイプ役である防衛副大臣としては、この2段構えの海賊対策を早急に実現したいと考えている。

発生件数は前年の2・5倍増
世界の海上輸送の安全を監視している国際海事局(本部・ロンドン)が1月16日に発表した08年版海賊事件の報告書によると、ソマリア周辺での発生件数は計111件と前年の2・5倍増。世界全体の計293件の4割弱を占めている。このうち42隻が乗っ取られたうえ、現在も14隻が抑留され、約270人が人質になっているという。日本関係の船の被害は3件にとどまっているが、今後、いつ重大な被害が生じてもおかしくない。首相は幹事長当時の昨年8月、タンカー護衛のための海自派遣に言及、首相就任後の同10月17日の衆院テロ防止特別委員会でも「海自派遣を検討する用意は十分ある」と言明、たえず海賊対策に前向き姿勢を続けてきた。「なぜ日本は海賊から自国や他国の船舶を守れないのか」とシーファー駐日大使(近く交代)は首を傾げたというが、ソマリア沖のアデン湾には既に約20カ国が軍艦など艦船を派遣、中国も昨年末、駆逐艦など3隻を派遣した。アデン湾はアジアと欧州を結ぶ貨物船やタンカーの要路だが、主要8カ国(G8)のうち艦船を出していないのは日本だけだ。4月の金融サミット前のオバマ新大統領との初の日米首脳会談を模索する外務省も、日本の国際貢献をアピールする手段としての新法制定と、繋ぎ措置の海上警備行動の早期実現を期待し、首相を強く後押ししている。

日本人保護に限定の海警行動
だが、新法を3月に提出しても09年度予算案成立後に審議が始まるため、成立は早くても4月以降となり首脳会談には間に合わない。それに4月下旬から5月初めにかけて日本の豪華客船「飛鳥2」(乗客乗員約1100人)と「ぱしふぃっくびいなす」(同500―600人)の2隻がソマリア沖を通過予定になっており、この護衛が大きな課題となっている。一方の現行法の対応にも問題がある。自衛隊法82条では、防衛相は海上における人命や財産の保護などのため、首相の承認を得て海上警備行動を命じることが出来るとされている。しかし、日本人の生命と財産の保護が目的とされ、自衛隊は日本と関係がない船が海賊に襲われていても対処できない。つまり、警護の対象は日本船籍船と、日本企業が運航するか、日本人の乗る外国船に限られる。「日本の船は他国軍の艦船に守って貰うが、海自は他国船を守らない」では、虫が良すぎて他国との信頼は薄れてしまう。浜田靖一防衛相は「保護対象は限定がある。海賊は武装して他国軍に銃撃している。的確に任務を遂行するにはどうすべきか」と昨年末の記者会見で海警行動の問題点を列挙してみせた。

最大懸案は武器使用の制約
その中には防衛省の最大懸案である武器使用の制約がある。武器使用基準は警察官職務執行法7条が準用される。領海内は海上保安庁法の規定が準用され、停戦命令に応じない海賊に船体射撃をして危害を与えることは出来るが、領海外だと正当防衛や緊急避難に当たる場合を除き、危害は与えられない。刑法36条によれば、正当防衛が認められるのは「急迫不正の侵害」に対してだが、「急迫性」の認定が難しい。「海賊が民間船に接近している場合や船に乗り込もうとしている場合に、危害を与えることが許されるかどうかの認定は困難だ」とされ、現場の指揮官が判断に迷うことも懸念される。たとえ正当防衛や緊急避難であっても、人質にまで危害が及べば、指揮官の法的責任が問われかねない。ロケット砲などの重火器で武装した海賊が襲ってきた場合は海自隊員が危険にさらされるし、これに世論の反対が強まれば内閣の責任が問われる。

公明、防衛省内は慎重な立場
さらに、護衛艦を海外に派遣すると、日本周辺で警戒監視活動に当たる護衛艦隊のローテーションに支障を来す恐れもあり、護衛艦ではなく余裕があるP3C哨戒機を派遣すべきだとの声が防衛省内にはある。また、新法がなかなか成立しない場合は「海警行動が半永久的に続く可能性がある」と懸念する向きも省内にはある。公明党はもともと自衛隊の海外派遣には慎重な立場をとっており、与党海賊対策PT(座長=中谷元・元防衛長官、佐藤茂樹・公明党安全保障部会長)で結論を出すまでには詳細な詰めが必要だった。こうしたなかで、政府がPTに示した海上警備行動の行動基準は①【地理的範囲】前例のある日本領海での事案に限らず、領海外のソマリア沖も発令可能②【保護対象】日本船籍、便宜置籍船(日本企業などが船主の外国籍船)、外国船舶に乗船している日本人、日本の貨物を積んだ外国船泊③【武器使用基準】昨年11月、英海軍やインド海軍が銃撃してきた海賊に応戦した程度の正当防衛や緊急避難のための武器使用は可能④【拘束した海賊の取り扱い】海上保安官が同乗し対応⑤【他国との相互協力】日本人の生命・財産が保護対象のため不可⑥【国会報告】法令上の義務はないが、国会に報告――という慎重な内容だ。

護衛艦2、ヘリ・レーダー警戒
2例の銃撃事件のうち、英海軍は銃撃戦で海賊と見られる2人を射殺したケース。インド海軍は海賊に乗っ取られたタイのトロール船を、停戦要求を無視したとして撃沈してしまったケース。いずれも海警行動で認められた正当防衛・緊急避難に当たる武器使用との判断を示している。浜田防衛相は28日、海自に派遣準備を指示したが、護衛艦は2隻派遣し、1日平均6隻が航行している日本商船を数隻ごとの船団に組み、護衛艦が伴奏する方法で海賊の襲撃を予防する。護衛艦搭載のヘリコプターとレーダーで周辺海域を100キロ単位で警戒するが、海域の常時パトロールはしない計画だ。日本艦船が海賊に乗っ取られたり、日本人が人質になる場合に備え、護衛艦には機関銃やガス銃で武装した海自の特殊部隊「特別警備隊」が乗り込む。日本人の生命・財産に危害を及ぼす海賊には、「殺人」「強盗」といった日本の刑法が適用されるが、一般の自衛官には司法警察権がないため、海賊の逮捕に備えて取り調べなどの司法手続きが出来る海上保安官を同乗させる方針だ。

国際協調で本格的新法制定へ
保護の要請は国交省で受け付けるが、外国船は対象外であるため、救援を求められても、海賊行為を辞めるよう呼びかけ、沿岸国や他国軍に通報して救援を依頼するしかない。それでは国際協調の観点から問題が残る。海賊行為からの護衛は、憲法が禁じる海外での武力行為には当たらない。国際協力に協力を呼びかけた国連安保理決議もある。本来なら対症療法的な護衛艦の派遣ではなく、効率的な海賊取り締まりが出来るよう新法を早急に制定すべきだ。日本人の生命、財産の保護に限られる海上警備活動ではなく、他国の船舶も救援できるよう、武器使用基準を明確にした本格的な新法の制定が望ましいと思っている。