第175回(7月16日)米テロ支援指定解除 日本も制裁一部解除
 「百害あって利権あり」(安倍晋三前首相)「名誉毀損だ。取り消しと謝罪を求める」(山崎拓前副総裁)「お互い議員としての品性と節度を持ち自己抑制を」(伊吹文明幹事長)――。北朝鮮の拉致問題「再調査」を条件に日本政府が制裁の一部解除を決めたことと、米国の対北テロ支援国指定解除を巡り、自民党内では舌戦の火花が散った。
 北朝鮮が中国に提出した核計画申告書には、核爆弾の原料となるプルトニュウムの抽出量などは含まれたものの、核兵器数は含んでおらず、当初見込みより不完全なものだったからだ。「対話」派の山崎氏が日朝国交正常化への第一歩になると評価したのに対し、「圧力」派の安倍氏は拉致問題解決への切り札を失うことに懸念を表明している。
 テロ支援国の指定解除は拉致問題解決の「外交カード」が一枚失われたことは確実で、福田政権にとって打撃になるとの見方がある一方、非核化の一プロセスとして肯定的に受け止めるべきだとの意見もある。「核カード」を最大限に振りかざす、したたかな北朝鮮に対し、日本には拉致問題に絡めて最大の「経済支援カード」が残されている。私は衆院安全保障委の理事として、再開後の6カ国首席代表会合の推移を見守り、制裁解除の在り方などで発言したいと考えている。

百害あって利権あり、に抗議
 安倍氏と山崎氏との確執は、政府が6月13日に発表した北京での日朝交渉結果に始まる。交渉当事者の斎木昭隆外務省アジア大洋州局長の報告によると、北朝鮮は従来の立場を変更し、拉致問題の再調査と「よど号ハイジャック」犯の帰国に協力することを表明、日本はその見返りとして、「万景峰号など北朝鮮船舶を人道支援の目的に限り入港を認める」との経済制裁の一部解除を確約したという。
 その背後には、「ブッシュ大統領がテロ指定解除の動きを見せ、米朝関係が劇的に変化する」との噂がこの春から流れていた。山崎氏が会長をつとめる日朝国交正常化推進議連は「日本も経済制裁を考え直した方がいい」と歓迎したが、安倍氏は都内の講演で「国会議員が交渉を行っている政府より甘いことをいってしまったのでは政府の外交交渉能力を大きく損なう。百害あって一利なし」と酷評、これが批判合戦の発端となった。即座に山崎氏が「制裁一辺倒では前進がなかった。幼稚な考えだ」と応酬すると、安倍氏は「(山崎氏は)日本語能力がないのでは。百害あって利権ありか」と、切り返した。

山口に帰り3年間充電しろ
 「利権」にカチンときた山崎氏は「私の政治生命にかかわる発言で誹謗中傷する政治家の人格を疑いたい。取り消しと謝罪を求める」と糾弾する構えを見せた。伊吹幹事長が仲裁に入り「お互い議員の品性と節度を持ち自己抑制してほしい」と苦言を呈したが、山崎氏の盟友・加藤紘一元幹事長も収まらず「俺達が利権議員だというのか」と国会閉幕の本会議場で安倍氏に噛みつき、7月6日のテレビ番組では「昨年参院選の大敗、前代未聞の辞め方から(考えて)、こういう(北朝鮮の)論議に参加するより、3年ぐらいは山口に帰って充電するべき時ではないか」と憤った。
 山崎氏は「北朝鮮の核放棄・非核化は今一歩のところにきているのに、日本の政治家にはよくわかっていない人がいる。拉致問題を完全解決しない限り、あとはどうでもいいという感覚がありすぎる」と指摘する。しかし、拉致問題解決に向けて北朝鮮に圧力を掛けることを、政治家の原点とする安倍氏は、福田首相には向けられない矛先を山崎に向けたとの見方もあるようだ。

保有核兵器の情報一切含まず
 ブッシュ米大統領は6月26日、北朝鮮に対するテロ支援国指定を20年ぶりに解除すると発表した。これは北朝鮮の核を巡る6カ国協議の議長国である中国が同日、北朝鮮が協議の合意に基づく核計画の申告書を提出したと発表したのを受けて、記者会見で明らかにしたもの。解除手続きは既に着手され、大統領は同日、議会に通告した。中国発表の申告書は約60頁で、①核関連施設の目録(リスト)②プルトニュウムの生産・抽出量と使用先③ウランの在庫量――の3項目に大別されている。
 だが、保有核兵器の数や兵器に関連した施設などの情報は含まれず、核開発の全体像を網羅していない。07年10月の6カ国合意では、北朝鮮は07年末までに寧辺の黒鉛減速炉など3核施設を無力化し、「全ての核計画の完全かつ正確な申告」をすることになっていた。従って6カ国協議の合意にはほど遠い内容だ。
 米政府高官によると、申告されなかった高濃縮ウランによる核開発とシリアへの核協力に関しては、申告書とは別の文書に「米国が懸念を示し、北朝鮮がその懸念を認める」という表現で盛り込まれ、北朝鮮から米国を通じて中国へ手渡されている。

45日間に非核化実現を検証
 武大偉・中国外務次官は同日、議長声明を出し、「(核放棄に向けた)第2段階の行動を履行するうえで積極的な進展が得られた」と評価、6カ国協議首席代表会合は7月10日、10ヶ月ぶりに再開された。同会合は申告の検証方法に関する3原則や対北朝鮮支援と核施設無能力化の10月末までの完了などで合意した。ブッシュ大統領は記者会見で、申告書提出を6カ国協議プロセス進展のための「重要な一歩」と評価。対北制裁の根拠の一つである敵国通商法の適用も除外したと宣言、テロ支援国指定の解除が発効するまでの45日間に、北朝鮮の申告検証への協力が「不十分ならば相応の措置を取る」と述べ、日本人拉致問題を「決して忘れない」とし、日本と緊密に連携し、早急に解決するよう北朝鮮に圧力をかけ続けると強調した。福田首相も、「非核化が実現するよう検証していく。日米連携が非核化を実現させるために必要だ」と検証の重要性を訴えた。洞爺湖サミットの日米首脳会談でも、核計画の申告を厳密に検証し、完全な核放棄を求める方針で一致、拉致問題で米大統領は「日本を見捨てることはない」と重ねて強調、緊密に連携することを確認した。サミットの首脳宣言にも、首相の努力が報われ、北朝鮮の拉致問題について初めて言及している。


大統領選近づくと騙される
 指定解除発表から一夜明けた27日、山崎氏は派閥総会で、「日朝、米朝の両国交正常化、朝鮮半島非核化の同時進行を5カ国が結束してやっている。日本がその足を引っ張ることは許されない」と、日米協調を重視するよう訴えた。加藤氏らも同様の考えだ。
 これに対し、安倍氏は同日、「拉致問題が全く前進しない中で、テロ支援国指定の解除となるのは本当に残念。米大統領は拉致問題を決して忘れないと言っている。国際社会で協力して圧力を掛けていく砦はまだ残っている」と述べ、国際的な制裁継続の必要性を強調した。
 超党派の拉致議連会長の平沼赳夫元経済産業相も「日本は拉致問題解決の有力カードを失った。(制裁の一部解除)をどんどんやっていくと福田政権にいい影響は出ない」と述べ、安倍氏との連携姿勢を示した。伊吹幹事長も同日夜の講演で「大統領選が近づくと米国はいつも結論を急ぐ。クリントン大統領の時も結局騙された。(政府は)米国にしっかりモノを言わなければならない」と米朝関係の修復に警戒的。党内論争は今後も続きそうだ。


廃虚の冷却塔爆破公開を演出
 ブッシュ大統領は02年の一般教書演説で北朝鮮をイラク、イランと並ぶ「悪の枢軸」と名指しし、テロとの戦いを主導してきた。だが、フセイン政権を軍事力で打倒したもののイラクに未曾有の混乱をもたらし、米軍の長期駐留を招き、死傷者を多数出すなど失敗に終わった。
 逆に北朝鮮はミサイル実験に続き06年には核実験を強行することで国際社会を恫喝、金正日総書記の体制維持、経済支援獲得の手段として「核カード」を行使してきた。クリントン政権当時の94年の米朝合意では核凍結を約束し、その見返りに軽水炉建設を引き出しながら、秘密の核開発を続けてきたように、今回もまた曖昧で薄っぺらな核計画申告書一枚で、最大限の経済援助の見返りを得ようとしている。27日には、核無能力化作業の一環とされる寧辺の核施設の冷却塔を「爆破ショー」にしてわざわざ西側のテレビカメラに公開した。スクラップ直前の老朽核施設でも演出効果は満点だ。さらに米政府が07年の洪水見舞いに送った50万トンの緊急食糧支援を「(米朝協議で)金将軍が勝ち取った戦利品」と国内で宣伝している。それが分かっていながら支持率が23%に落ちたブッシュ大統領は、レームダック(死に体)化を恐れ、来年1月の任期切れを前に、なりふり構わず対北融和姿勢を見せ、多国間枠組みの6カ国協議で北朝鮮の核戦力を「軽減」させて実績を挙げ、11月の大統領選で共和党の勝利に貢献しようとしている。


経済支援が外交カード切り札
 米国の「テロ支援国」指定解除で、横田早紀江さん(72)ら拉致被害者の家族には「拉致問題が置き去りにされるのでは」との不安が広がった。政府は指定解除が発効するまでの45日間に、北朝鮮の核計画申告の厳密な検証を進め、拉致問題で具体的な進展を図ることに全力を注ぐ方針だ。
 6カ国協議では、北朝鮮が「核放棄」を約束した05年9月の共同声明で「協議が進展した場合、周辺国が経済協力やエネルギー支援を行う」としたが、最大の資金提供国となるはずの日本は拉致問題の進展抜きでは支援に参加しない方針を明確にし、米中露韓4カ国が重油や食糧支援を行っても、一切協力を拒否している。
 町村信孝官房長官は記者会見で「北朝鮮は日本の資金や技術を必要としている」と述べ、日本の経済、エネルギー支援が今後、「外交カード」の切り札として力が増すとの考えを示した。従って、私も拉致問題の再調査や核計画申告の検証過程で具体的な進展が見られない限り、 制裁の一部解除は見合わすよう、今後の日朝折衝を厳しく監視していきたいと考えている。