第170回(5月1日)姥捨て山と高齢者怒る 長寿医療制度の波紋
4月から「後期高齢者医療制度」が発足、保険料が同15日、平均7万2千円も年金から一斉に天引きされ始めた。5千万件の年金記録漏れ問題はまだ解決してしない。高齢者は「照合が出来ないのに、天引きだけしっかりやられてはたまらない。現代の姥捨て山だ」と怒りを顕わにした。高齢者の不満は、天引きと告示日が重なったこともあり、同27日の衆院山口2区補選で自民党候補敗北の結果となって現れた。しかも、一部の各県単位・広域連合事務局のずさんな事務により、新制度の保険証が全員に届かなかったり、保険料の誤徴収、天引き開始の遅れがあったりで混乱している。野党は「3月までにきちんと年金の名寄せをする」と国会答弁を繰り返してきた舛添要一厚生労働相を問責決議案の標的にしているが、「年寄りいじめに踏み切った」と医療制度でも政府を攻撃、野党の幹事長クラスは同14日、「おばあちやんの原宿」こと東京・巣鴨で同制度廃止の街頭演説を行った。民主党は「諸物価高騰の折に、我々は暫定税率の失効でガソリン代を値下げさせた。国民は喜び、混乱はなく、税制関連法案の再議決に反対した。混乱は後期高齢者医療制度の方にある」と新たな攻撃材料を得て解散・総選挙の攻勢をかけ、野党共同で同制度の廃止法案を今国会に提案する構えを見せている。我々は医療制度改正の良い面を分かりやすく説明、周知徹底させねばならない。

首相、長寿医療とネーミング
後期高齢者医療制度は一口に言うとこうだ。高血圧、糖尿病など多くの生活習慣病を抱える75歳以上は人口の10%だが医療費は国民全体の3分の1を占め12兆円だ。団塊の世代が高齢に達する2025年には16・7%で2倍の医療費が掛かると予想され、社会保障費全体も90兆円に膨れ上がると見られる。これを現役世代が負担するのは荷が重い。このため、保険料を高齢者1割、現役世代4割,公費(税金)5割の負担割合とし、逆ピラミッド型の構成になった高齢化層にも年金から月平均6千円の保険料を徴収、負担を公平化させるよう医療制度を改善し、全体の平準化を図るというもの。政府は「従来の国民健康保険の保険料に比べ、低所得層で負担が減る傾向にある」と説明しているが、周知不足や地方自治体独自の保険料軽減措置がなくなるところもあり、高齢者の間に混乱を来している。野党は「小泉政権が総選挙で3分の2以上の議席を与党が獲得した後、高齢者にはよく知らさず、2年前の国会で強行採決した。老人切り捨ての悪法だ」「9千円だった人間ドック料は10万円に跳ね上がった」「保険料は2年経てば倍に上がる」などと批判している。国民の評判の悪さを知った舛添厚労相の進言を入れて、福田首相は4月1日、「ネーミングが良くないね」と遅蒔きながら「長寿医療制度」を通称で使うよう指示した。

舛添厚労相に問責決議の構え
一方の年金は、昨年7月の参院選で安倍前首相らが年金記録漏れ問題について「3月末までに最後の一人まで探し出す」と公約したが、死亡者がいたり、特定できたのは約1千万件(確認済はわずか8%の4百万件)で、持ち主を確定できないものが4割の約2千万件にも達した。舛添氏は「3月末までにコンピューター上の名寄せをやる約束は守った。公約違反は当たらない」と記者会見で述べ、火の粉を振り払うのに懸命だが、野党は「公約に違反した政府の責任は重大」とし、同相の問責決議案を提出する構えで、長寿医療制度も徹底追求している。それでも舛添氏は「(野党が)『年金の記録問題が片づいていないのに年金から天引きか』というのは情緒に訴える議論。こういうことをやっていては駄目だ」と記者会見で野党を暗に批判。揚げ句には「長寿医療制度」の通称に対し、与党の厚生労働族から出されている批判についても、「色々おっしゃる暇があれば、与党も制度の中身を国民に説明すべきだ」と与党にまで当たり散らす始末で、党内でも反発を買っている。

千3百万人を府県連合1本化
後期高齢者医療制度は、75歳以上の高齢者と65〜74歳(前期高齢者)で寝たきりなどの障害者計約1300万人が対象で、生活保護受給者は入らない。その8割は現在、市町村の国民健保(国保)に加入して、保険料も世帯単位で徴収されているが、新制度では介護保険料と同様に、加入者全員が個人単位で支払う。組合健保、政府管掌健保、公務員共済などに加入していても75歳の誕生日を迎えると新制度に移らされる。サラリーマンらの被扶養者に限り、当初、半年の保険料支払いを免除するなどの特別処置が決まっているが、国保世帯の高齢者は全員が保険料を支払う。支払時期の開始も原則4月だが、市町村によっては異なるケースもある。新制度は国民皆保険が始まって以来初めて都道府県単位で運営され、全市町村が参加した各都道府県広域連合が保険料を決めるなど財政責任を負う。また、広域連合は保険証の発行や、医療費が適正に使われているかなどをチェックする。後期高齢者が現在加入している国保では、市町村ごとに保険料を決めていたが、組合健保と違って国保は保険料の未納者が多いため、財政の苦しい市町村の保険料は高く、一般会計から補助ができる裕福な自治体の保険料は安いなどばらつきがあった。それが、新制度では都道府県ごとの広域連合に原則的に一本化される。舛添厚労相は「保険料は東京都など一部を除き、低所得者層は7,8割方安くなる傾向にある」と発言したと報道されたが、その後、「7,8割方」の発言については否定、正確な数字には言及していない。

平均7万2千円を年金天引き
新制度は国保の「平等割」と「資産割」が消え、「均等割」と「所得割」のみになり、都道府県別では高齢者1人当たりの医療費が高いほど保険料が高くなる傾向がある。1人当たりの医療費が最高の福岡県(年102万円)と最低の長野県(同67万円)の均等割の年間保険料はそれぞれ5万935円と3万5787円で、約1万5000円の差がある。これに「所得割」分を加えると全国平均は年額約7万2千円。上限は年50万円で年収約900万円以上がそれに該当する。新制度では加入者の保険料が個人ごとに計算され、65歳以上の介護保険料と同様に1人ずつ支払う。読売新聞は、「医療費の高低が保険料に直結するだけに、今後、自治体による医療費抑制の取り組みが活発化しそうだ」と指摘。「具体的にどのように健康管理への自覚を促すかも注目される」とし、さらに、「新制度に合わせ、厚労省が4月から導入する新たな診療体系がどう定着していくかも注目点だ。狙いは医療と介護の連携を強め、入院期間中の治療にとどまらず、退院後に高齢者が在宅でどう暮らしていくか、生活支援まで目配りできる地域システムの構築だ」と問題提起している。

開始時期に差、激変緩和も
夫や子供などの被用者保険に加入し、現在は医療保険料を直接払っていない約200万人の高齢者には新たな負担となるため、軽減措置が設けられている。保険料は加入者数で決まる「均等割」と、所得に応じた「所得割」の合計額で計算されるが、所得割は加入後2年間負担なしだ。均等割も当初2年間は5割軽減の予定だったが、国の「激変緩和措置」で9月までの半年は負担ゼロ、10月からは来年3月までは9割軽減となる。保険料の支払いは、年金の年額が18万円以上ある場合は原則、年金から保険料が天引きされ、4月15日支給分の年金から約832万人の天引きが開始された。ただし、年金額が少ない約300万人は天引きの対象外。残りの約200万人は市町村の判断によって開始時期は異なり、東京都新宿区や神奈川県横浜市、埼玉県さいたま市、北海道苫小牧市など10月から天引き開始となる。4月に天引きされない高齢者は通常、7月から口座振替や銀行振込などで保険料を払うことになる。

診療報酬制の目玉に「担当医」
この制度に合わせ、75歳以上の高齢者が掛かり付けの「担当医」を決める新たな仕組みが4月から始まった。4月に改定された診療報酬制の目玉として創設されたものだ。一人の担当医が高齢者を受け持ち、他の医療機関で受けた検査や投薬の状況を把握して、全身の状態を見ながら相談に応じたり、治療や指導をする制度で、糖尿病や高血圧といった慢性的な病気の治療で通う診療所の開業医が、主に担当医に想定される。高齢者は複数の医療機関に掛かっているケースが多いが、同じ検査を繰り返し受けたり、薬を二重に貰ったりする無駄をなくすことが狙いだ。担当医は治療方針や検査予定を記した診療計画書を患者に手渡し、患者は治療後、指導内容をまとめた文書を受け取ることが出来る。これで、耳鼻科や眼科など担当医以外の専門医を受診する際に、医師同士の情報共有が進められる。このほか、担当医は患者が入退院する時に入院先の病院との間で診療情報を交換できる。しかし、高齢者側からは、「医師選択の自由が奪われやしないか」との懸念も生じている。

保険証届かず、誤徴収も続出
この“長寿医療”制度は、年金から保険料を天引きするばかりか、ほかにも問題が多い。新保険証が本人の手元に届かない事例が4月9日現在、全国で6万3468件(約0・5%=厚労省発表)に上っていた。保険証の郵送は市区町村が担当しているが、「転送不要」の配送記録郵便で送付したため、届け出なく転居したり、本人が不在だったりして戻ってくるケースが続出したからだ。新制度を知らずに診療所に現れる高齢者が、いきなり3割負担の医療費を請求されたり、保険証のない場合の全額自己負担を要求されるなど、戸惑うケースも増えている。社会保険庁と同じようなずさんな事務手続きだ。保険証の形や大きさが変わったことから、高齢者が保険証と気づかずに捨ててしまったケースも続出している。その場合は再交付されるが手続きが面倒だ。この救済措置として厚労省は4月10日、新保険証がなくても75歳以上のお年寄りが3月まで使っていた旧保険証を医療機関に持参した場合、運転免許証などで本人の年齢確認が出来れば、従来通り原則1割の自己負担で受診できるよう、病院や診療所など各医療機関に配慮を要請、周知徹底を図っている。

周知徹底と運用不備の改善を
このほか、サラリーマンの被扶養者などには「激変緩和措置」として、前記したように一定期間の保険料免除・軽減措置があるのに、システム上、誤って徴収する設定にしてしまい、その修正が間に合わず、天引きしているケースが多い。東京都文京区や北海道恵庭市など約90自治体が徴収ミスを犯している。いずれにしても、75歳以上のお年寄りは戦後の半世紀以上をせっせと働き、老後の不慮の疾病に備えて健康保険料や各種年金を目一杯積み立てて、激動の時代を生き抜いてきた日本高度経済成長の功労者たちだ。それを、厚生労働官僚が“後期”などのネーミングで差別する感覚、高齢者を邪魔者扱いするような行政手法に、お年寄りの怒りが爆発するのは当然だ。諸外国にはこのように高齢者を線引きして差別する制度はないという。「霞が関(官僚政治)と対決する」民主党を喜ばせるだけだ。かつて衆院厚生労働委員会に席を置いて活動した私としては、制度のガイダンスの徹底を図り、運用上に不備があれば改善し、高齢者が健常な生活を維持できる食習慣や疾病予防策についても、鋭意取り組んでいかねばならないと思っている。