第163回(1月16日)ザトウ鯨の捕獲見送り 漁獲や食糧に影響

政府は昨年末から3月にかけ、南極海で再開を計画していたザトウ鯨の捕獲を見送ることにした。昨秋に政権交代した豪州が反捕鯨を強硬に主張し、国際捕鯨委(IWC)のホガース議長が「ザトウ鯨に限って捕獲を1〜2年間見合わせて欲しい」と要請してきたからだ。豪州政府は国際司法裁判所などへの提訴も視野に、監視のための巡視船を南極海に派遣すると発表したほか、米国務省報道官も自粛を求めるなど反発が広がっていた。しかし、鯨を食糧資源と位置づける日本は、科学的な情報収集のためIWCが認める「調査捕鯨」を続けながら「商業捕鯨」の再開を目指している。かつては乱獲で急減したとされるザトウ鯨は年間10%以上増え続け、大量に魚を食べることが世界の漁獲高に影響している。水産庁が40数年ぶりにザトウ鯨の捕獲再開に踏み切ったのはこのためだ。自民党の水産部会長を務めた私は「漁獲が減れば将来的に大きな食糧問題になる」と憂慮しており、今年も適切な調査捕鯨を進め、国際会議では一刻も早い商業捕鯨再開を主張させる考えだ。


ザトウ50頭捕獲計画を断念

IWCの決定で1986年から商業捕鯨が1時停止されたため、日本は翌年から調査名目で、南極海でのミンク鯨の捕鯨を始めた。その後、北西太平洋にも広げ、捕獲対象種も増やしていった。今回も日本の調査捕鯨船団は11月18日に山口県・下関港を出港、既に南極海に到達して操業を開始、ミンク鯨850頭、ナガス鯨50頭に加え、初めてザトウ鯨50頭の捕獲を計画していた。捕獲する約1千頭の鯨肉は調査費に充てるため販売、国内市場にも徐々に出回っている。乱獲で1960年代に激減、日本も捕獲をやめていたザトウ鯨は、最近、南極海の日本調査海域だけでも3万5千〜4万頭生息すると推計され、IWCでも年間10%(約4千頭)以上増えているとの見方で一致している。IWCの趣旨は、「鯨乱獲の反省に立ち、科学的な生息数調査に基づく鯨資源の有効利用」にあったが、最近は捕鯨禁止に重点が置かれたため日本近海では20万頭も鯨が増えている。世界の漁獲高は年間9千万トン程度で横這いが続いているが、水産庁は大食漢の鯨が大量の魚を食べることが影響していると見てミンク鯨に加えザトウ鯨も管理すべきだと主張、「第2期南極海鯨類捕獲調査計画」の一環として07年度以降、年間50頭の捕獲再開を計画した。


豪州に反捕鯨の政権誕生

日本の調査捕鯨には欧米の批判が元々強かったが、水産庁の再開方針に対し、米国務省報道官が昨年11月19日、ザトウ鯨とナガス鯨の捕獲を自粛するよう求め、英紙インディペンデントも同日の社説で「京都議定書で地球温暖化阻止をリードするなど環境問題で指導的立場にある国が、何故鯨に思いやりを持てないのか」と批判した。昨年5月末に開かれたIWC総会では商業捕鯨一時停止の「継続」を支持する決議が賛成多数で採択されている。捕鯨反対運動が最も広がりを見せているのがオーストラリア(豪州)だ。豪州は元来、捕鯨国だったが、捕鯨産業の衰退に伴い、鯨を観光資源として特別視する傾向が強く、与野党共に反捕鯨で一致している。ジョン・ハワード前政権は日本との友好関係を重視、反捕鯨の主張を抑制してきたが、昨年11月24日の総選挙で環境保護団体の支持を受けた最大野党の労働党は反捕鯨世論を盛り上げて勝利し日本に厳しい態度で臨んできた。


軍艦・飛行機で日本船監視

首相に就任したケビン・ラッド党首はかつて「海軍艦船や航空機を派遣して日本の捕鯨を監視する」と発言していたが、ラッド政権のスミス外相とギャレット環境相は就任早々、日本の調査捕鯨を監視するため、監視船「オセアニック・バイキング」号を20日間程度、南極海に派遣すると発表。新年に入って西部パース港から出向させた。調査船による捕獲活動を写真やビデオで撮影し、国際司法裁判所や国際海洋法裁判所への提訴に向けて証拠を収集するのが目的だ。スミス外相は「鯨の殺戮を科学的に正当化することは出来ない。豪州は日本との緊密で相互に有効な関係を重視しているが、断じて同意できないこともある。その一つが捕鯨だ」と記者会見で強調した。豪州研究所のハミルトン所長も「鯨は環境問題のシンボルだけでなく、自然や自由を象徴する“神聖な存在”だ」と主張している。読売新聞によると、民間活動団体「国際動物福祉基金」(IFAW)は「養子縁組でザトウ鯨を守れ」との、ユニークな抗議活動を展開しているという。


鯨ウオッチが観光収入源

それは、鯨の尾びれの形や色の違いから近海の3000頭を個別識別した研究者のデータベースに基づき、個別のザトウ鯨との“養子縁組”を鯨が現れる沿岸各市に呼びかけ、ザトウ鯨を各市のマスコットとし、「日本への抗議の象徴」にする狙いだという。目標は日本が捕獲する予定の50頭分で、既に49市が応じ、シドニー郊外のマンモス市では、縁組みした鯨の絵を子供たちが描き、市庁舎正面に飾っているという。シドニー沖約20キロでは11月半ばまで、南極海を目指し移動中の様々な鯨を見ることが出来る。中でもジャンプするザトウ鯨は海面上で観察しやすく、ギザギザのついた尾びれなどがあり、名前を付けて眺めることが可能で最も人気がある。豪州環境省によると、鯨・イルカウオッチングは豪州全体で年間約300億円(2003年時点)の経済効果があり、年15%の割合で成長している、と読売は報じている。


1〜2年捕獲延期を議長要請

この点、朝日新聞は「ホエールウオッチングは大きな産業になり、IFAWの調査では、1998年時点の豪州などオセアニア・南極地域の売り上げは38億円、関連産業も含めると132億円以上」と報道しており、かなりの差があるが、鯨は動物愛護よりも観光産業として急激に成長していることは否めないようだ。豪州のラッド政権の動きに呼応して、アルゼンチンなど数カ国の在京大使は外務省を訪れ、ザトウ鯨の調査捕鯨再開に反対する約30カ国の声明を提出した。IWCのホガース議長も昨年末に来日、日本がIWC副議長国であることも踏まえ、「IWCの正常化に精一杯取り組む」として日本に協力を求めていたが、政府に対しては「IWCの正常化に努力する間、1〜2年間、ザトウ鯨の捕獲を見合わせてほしい」と要請した。このことを町村信孝官房長官は昨年12月21日の記者会見で明かし、「調査捕鯨の計画は変更しないがIWCの正常化のプロセスが進行している間は捕獲を延期する」と応諾した。町村氏は「今後とも調査捕鯨の必要性は外交チャンネルを通じて説明していきたい」と述べ、豪州政府に引き続き理解を求めていく考えだ。


漁獲量の3〜5倍を鯨が捕食
このように11年ぶりに政権を奪還した労働党のラッド豪政権は、反捕鯨のほか、公約に掲げた京都議定書の早期批准やイラクからの一部撤兵に向け舵を切り、日本政府に対する捕鯨中止の圧力は一段と強めているが、農水省はザトウ鯨を捕獲しなくとも、国内の鯨肉の供給に問題はないとしている。むしろ心配なのは、鯨が種類によっては沖アミやイワシ、サバ、ニシンなど大衆魚ばかりか、マグロなど高級魚まで手当たり次第に食べ尽くす大食漢で、鯨が年間に捕食するイワシ、サンマ類は人間が漁獲する量の3〜5倍もあり、世界の魚類資源が枯渇しつつあることだ。魚類の生態系を乱し水産資源にアンバランスが生じている。カリブ海の小国セントクリストファー・ネビスで開かれた平成18年(06年)6月18日の第58回IWC年次総会では、日本などの捕鯨支持国が共同提案していた「捕鯨禁止は不必要」との活動正常化要求宣言が賛成多数で可決され画期的な成果が挙がった。82年の商業捕鯨一時禁止決定以来、捕鯨支持国が過半数を獲得したのは初めて。

沿岸捕鯨の拡大などに努力

しかし、翌年5月28日から31日までアラスカのアンカレッジで開かれた第59回年次総会では捕鯨反対派が危機感を募らせ、巻き返しに全力を挙げ、日本が南極海で行っている調査捕鯨の無期限停止を求める決議を賛成40,反対2,棄権1で採択した。IWC加盟国は76カ国で、昨年の会議以来、スロベニア、クロアチア、キプロス、エクアドル、ギリシャ5カ国が新たに参加し、反捕鯨国が過半数を占めたからだ。だが、決議に拘束力はなく同様の決議は過去にも採択されている。IWCの厳しい対応に対して、水産庁は「資源管理機関としての役割を取り戻す最後の機会を失った。忍耐も限界だ」と激しく反捕鯨国を非難。IWCからの脱退や沿岸捕鯨の再開を求める声を上げたが、外務省は脱退に難色を示した。昨年2月には米環境保護団体のシーシェパードが日本の調査捕鯨母船・日新丸に化学物質入りの発煙瓶を投げる危険な妨害行為事件も起きている。これに加えて今年は豪州の強硬姿勢である。未加盟国のIWC加盟促進や新しいクジラ資源管理機関の設立、網走(北海道)、鮎川(宮城)、和田(千葉)、太地(和歌山)の4地域でのミンククジラの沿岸捕鯨の拡大と捕獲枠設定なども本格的に検討、実現に努力しなければならないだろう。