第122回(4月16日)大詰めの在日米軍再編 飛行場移設で合意
 沖縄県宜野湾市の米海兵隊普天間飛行場のキャンプ・シュワブ沿岸部移設問題は7日、政府と地元名護市の間で基本的合意に達し、在日米軍の再編問題はようやく決着に向け動き出した。合意事項は政府案を修正し、集落上空の飛行を避けるため、2本目の滑走路をV字形に新設し、離陸用と着陸用を使い分けるという内容。額賀福志郎防衛庁長官は島袋吉和市長の同意を取り付けたが、稲嶺恵一同県知事は一定の理解を示しつつも、移設反対の姿勢は崩さないため、協議を継続している。中国の軍事力増強などで日本の安全保障環境は不透明さを増しているが、在日米軍の再編は、北東アジアから中東に至る「不安定の弧」を視野に入れたものだ。移設の政府案(中間報告)は、私が防衛庁長官政務官当時の昨年秋、大野功統前長官が米側とねばり強く折衝した末にまとめた。私も及ばずながら庁議に参加し経過を熟知しているだけに、基本合意に達したことを大変喜んでいる。13,14日の日米審議官級協議では@沖縄県に対する説得工作A在沖縄の米海兵隊約8千人のグアム移転に伴う移転費用負担B厚木基地から岩国基地へ米艦載機の移転――を中心に討議されたが、政府としては4月中に在日米軍再編の最終報告を取りまとめる方針である。


大野前長官が辺野古沿岸部案
 普天間飛行場は、橋本龍太郎内閣当時の10年前、「沖縄施設・区域特別行動委員会」(SACO)最終合意で、名護市辺野古崎沖合に移設することが決まっていた。だが、同沖合はジュゴンの餌の藻場があるとして地元の反対運動に遭い、環境影響評価も進まないまま頓挫していた。その後、04年8月に普天間のヘリ墜落事件が起きて移設の関心が高まったのに加え、SACO合意当時にはなかった在日米軍再編という新局面が発生、計画推進を怠ってきた日本政府に強い不満を持つ米側が移設の実現を強く迫ってきた。そこで大野前長官は建設に10数年もかかり、環境団体の反対の多い当初の辺野古沖埋め立て案を取りやめ、陸地のキャンプ・シュワブ沿岸部の辺野古崎先端部に移設する案を提示し、日米折衝の結果、新たな政府案をまとめた。これだと、埋め立て部分が狭くて環境への影響も少なく、工期も8年程度で済み経費も削減できるなどのメリットがある。しかし、名護市は飛行ルートが周辺集落の上空を通過するため、騒音公害が生じ、危険であると反対した。


X字をV字の2本に差し替え
 このため、額賀防衛庁長官は3月26日、島袋名護市長に、1本の滑走路の角度を反時計回りに約10度回転させる微修正案を示したが、島袋市長は周辺の辺野古、豊原、安部の3地区上空から飛行ルートを外すため、滑走路を280メートル以上沖合に移す大幅修正を求め、対立した。そこで、額賀長官の頭にまずひらめいたのがX字形に交差させた2本の滑走路だ。微修正案の反時計回りの「メーン滑走路」と時計回りに回転させた離陸専用の「サブ滑走路」をクロスさせたX字案の図面を、7日の4時間半にわたる協議で島袋市長に提示した。島袋市長は「1本の滑走路にならないか」となおも食い下がったが、額賀長官はX字をV字案に差し替えて、@滑走路を2本に増やすことで米軍機が基本的に海上を飛行し、騒音・安全面で周辺住民に配慮できるA沖合への移動を最小限にとどめ、反対派の海上阻止行動を防止できる――と説得、島袋市長も「集落上空を飛ばさないことが大原則であり、それが回避できた」として最終的には折り合った。


軍民共用と期限15年が条件
 基本合意書には「飛行ルートは辺野古、豊原,安部の3地区上空は回避し、@周辺住民の安全A自然環境の保全B建設事業の実行可能性――に留意する」などを明記した。稲嶺知事がこのV字形案を拒んだのは、初当選を果たした翌年の1999年11月、「軍民共用で使用期限を15年に限る」とのスタンスを主張し政府が最初に掲げた辺野古沖移設案を「苦渋の決断」(知事)で受け入れた経緯があるためだ。今年11月には知事選を控えており、安易な方針転換をすれば命取りにもなりかねない。とはいえ一方では、地元市町村に、政府との協力による地域振興への期待が強くある。このため、政府は在日米軍再編の最終報告書を閣議決定する際、稲嶺知事の言う「スタンス」や地域振興の具体策を報告書に盛り込むことで決着を図る考えだ。また、厚木基地(神奈川県)の米艦載機の岩国基地(広島県)移転は岩国市の住民投票で反対され、普天間の空中給油機の鹿屋基地(鹿児島県)移駐なども未解決で残されているが、政府は米軍再編によって米軍基地などの負担が増す自治体を対象にした「米軍再編対策交付金」(仮称)を創設する方向で検討に入っている。


75億ドルのグアム移転費用負担
 厄介なのは米海兵隊8千人(家族9千人)のグアム移転費用負担問題。4月上旬の3日間(ワシントン)と、13,14の2日間(東京)開いた審議官級協議でも日米の主張の隔たりは大きく交渉は難航している。米側が移転に伴う住宅建設や道路整備に総額100億ドル(06年度予算の為替レートで1兆1100億円)の75%、75億ドルの負担をわが国に求めたのに対し、日本側は30億ドル(3330億円)の融資方式で支援するという従来の主張を繰り返し、平行線で終わっている。これは当初、約40億ドルという試算だったと伝えられていたが、その後、新司令部や訓練場、隊員家族の学校や病院の建設費などのインフラ整備費などを含め、100億ドルに膨れ上がったという。「これは言い値だ」と麻生太郎外相は米側の吹っかけ要求を軽視している。米側は日本の安全を守ってやっているのだから負担は当然との態度だ。海兵隊移転が日本側の強い要望であるとしても、海外の施設や要員を自国領土に移す費用を外国政府に負担させるというのは極めて横暴だ。



額賀氏は麻生氏と違った対応
 ただし、額賀長官は「湾岸戦争で日本は1兆円を支援した。自衛隊のイラク派遣にも5千億円をつぎ込んでいる。海兵隊の移転で1800ヘクタールの基地が返還される。基地負担が軽減されることも考える必要がある」と述べ、麻生外相とは一味違った対応を見せている。日本は1978年度以降、「思いやり予算」と称して施設整備費や基地従業員の労務費などを負担、その額は05年度予算で2378億円にも達している。これらの点を色々と勘案して積算根拠を正しく割り出し、閣僚級による政治折衝で一挙に解決すべきだろう。いずれにしても、普天間飛行場の移設がグアム移転の前提にあり、辺野古崎沿岸部移設案(中間報告)は私が参加して取り組んだ課題だけに、何よりも早期の決着を期待している。