第120回(3月16日)量的緩和策を解除 次はゼロ%解除のX日
 本当にデフレ脱却のメドは立ったのだろうか――。日本銀行は3月9日、金融の量的緩和策を解除した。だが、長期金利が急上昇して市場が混乱しないか、回復基調の景気が失速しないか、と政府与党内では「物価の番人」日銀に対する不信感が根強く、慎重論が多かった。とりわけ、「小泉改革の成果とデフレ脱却」を高らかに宣言して退陣の花道にしたい首相にとっては最も気懸かりな点だった。それだけに福井俊彦総裁は、日銀政策運営の「目安」を数値で示すなど政府与党に歩み寄り、説明責任を果たして背水の陣で臨んだ。幸いなことに約1週間を経ても、長期金利の乱高下はなく株式市場も安定し、滑り出しは上々だ。しかし、5年間続けた量的緩和で金融システムの崩壊は避けられたが、預金利子など家計からの逸失利益は3百兆円にも達した。退職金などの預金利子を頼りにしてきた年金生活者の不満は大きい。日銀はゼロ金利を当面維持する方針だが、金利の上げ下げでコントロールする本格的な金融政策に立ち返る日はいつか。世間はXデイを見つめている。


35兆円目標の当座預金
 金融政策は大変難しい。とりわけ量的緩和策はわかりにくいので、初めに皆さんと一緒におさらいしてみよう。日銀は平成11年(99年)2月、バブル崩壊後の長期不況を乗り切るため、金融機関が資金を融通し合う際の短期金利をゼロ%に固定する「ゼロ金利政策」を導入した。だが、「デフレの心配が薄まった」と早とちりした日銀は、政府の反対を押し切り、翌年8月に解除した。ところが、米国のITバブル崩壊のあおりで景気は再び減速。「ゼロ金利以上の思い切った緩和が必要」と感じた日銀は同13年3月、金利の上げ下げではなく、世の中に出回っているお金の供給量の増減でコントロールする量的緩和策に踏み切った。世界に例がない金融政策だ。それは、金融機関が日々の決済に必要な資金を日銀に預けている「当座預金」の残高が量の目標。日銀が金融機関から国債や手形を買い取り、その代金をせっせと当座預金口座に払い込むことで残高を目標値に届かせるもの。6兆円だった残高は30兆円から35兆円の目標にまで段階的に引き上げられていった。


金融システム安定に効果
 当座預金には利息が付かないため、金融機関は少しでも多くを引き出して企業などに融資し、お金がじゃぶじゃぶ溢れ出れば景気を刺激すると日銀は考えた。だが、企業は逆に借入金を減らそうとしていて、新たに資金を借りて前向きな投資をする意欲に欠けていた。このため、肝心の企業の資金需要が回復せず、効果は期待外れに終わった。むしろ、最大の効果は金融システムの安定にあった。体力が衰えていた金融機関は資金繰りを心配することなく手許資金は潤沢で、リストラや不良債権処理に没頭できるようになった。特に株安と不良債権処理の遅れで大手銀行が軒並み巨額赤字に転落し、2003年には、りそな銀行が事実上国有化されたが、長銀が破綻した時のような信用不安が広がるのは防げた。これには、日銀が量的緩和を「消費者物価指数(CPI)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで続ける」と約束したアナウンス効果もあって、将来も低金利が続くとの予測が生まれ、期間1年以上の長期金利も低く抑えられたからだ。


家計から304兆円消失
多くの企業や個人が金利負担の減少に助けられ、借金を抱える企業の業績を下支えすることになった。それどころか、システム危機を脱した銀行側は、昨年11月発表の05年9月中間決算で三菱UFGの当期利益はトヨタ自動車を上回り、通期の当期利益も大手銀行・金融グループ全体で約2兆6千億円に達する見通し(11月時点)となった。実現すればバブル期を上回る過去最高益になる。その半面、預金者の利息収入が5年間も失われ続け、預金した退職金が目減りして年金生活者などは痛手を被った。日銀の白川方明理事は2月の国会答弁で、「91年の受け取り利子額38・9兆円が2004年まで14年間継続したと仮定して、現実の金利収入と比較すると(家計から)304兆円が失われたことになる」との試算を示し、「家計部門の利子所得の減少が金融緩和政策のマイナス面だった」と正直に述べている。


預金利子2倍に千8百年
東京新聞は2月15日、エコノミスト・紺谷典子氏の面白い談話を載せた。それによると「金利は上げるべきで6%が世界標準。宗教上の理由で金利がつけられないイスラム圏を除き、どこにゼロ金利の国がありますか?」としたうえで、「複利の場合、預金が2倍になる年数は金利が6%なら12年。15年前のバブル崩壊時の預金が、とっくに2倍になっていた。1千万円の預金なら月々の食費ぐらいは出ていた。ところが今の金利、0.04%なら2倍になるまで1800年かかる。邪馬台国の卑弥呼が預金していても、今やっと2倍になった計算だ」と述べている。複利の郵便定額貯金が10年間でほぼ2倍になった時期があり、銀行は民業圧迫と激しく非難したが、今の年金生活者は、虎の子の預金が生活費に消えて目減りするばかりだ。カネ余りからライブドアのようなIT関連の株式に資金が集まったり、都市部では不動産が値上がりするなどミニバブル現象が起きている。


市場主導の福井総裁
日銀には、プラザ合意で円高不況に見舞われた際、大幅な金融緩和を断行して80年代後半のバブル景気を引き起こした苦い経験がある。そこで、3年前に就任した「市場主導」主義の福井総裁は解除に向けて周到な準備に乗り出し、消費者物価の上昇が見えてきた昨秋には量的緩和の終わりが近いことをにじませる発言を繰り返した。これに対し、歳出削減優先論者の竹中平蔵総務相と同相をバックアップする中川秀直政調会長は、緩和策の解除が、国債の利払い費負担に直結する長期金利の高騰に繋がることを恐れ、解除に慎重論を唱えた。05年度でも国と地方を合わせた借金(国債と地方債発行残高)は731兆円で、この借金に付く長期金利は年利約1・58%と単純計算しても利子だけで年間11兆5千億円と巨額。借金を返す原資は税収だが05年度の税収見込み44兆円で、一般会計約84兆円を補うには赤字国債の発行しかなく、イタチゴッコで金利負担を重くしている。


インフレ目標の設定求む
「名目成長率を高く設定し、同時に長期金利を低く抑える」というのが、自らを「成長会長」と称する中川氏と「上げ潮経済」を唱える竹中氏の経済運営。見掛け(名目)上のGDPを高く誘導し、税収を増やすという手法だ。物価変動を加味した名目成長率が1%上がると、税収は10兆円以上増加すると見ている。つまり、穏やかな物価上昇(インフレ)によって国の借金を徐々に棒引きにしようとする作戦で、竹中、中川ラインは4%程度の名目成長率が可能と主張した。長期金利が名目成長率より低めで推移すれば財政再建は進めやすいと判断する竹中氏は、日銀に対し「日銀は物価を何時、どれくらいに保つかの目標を示して頂きたい」とインフレ目標(ターゲット)の設定を求め、中川氏は「独自性」ばかり強調する日銀に対し、日銀法の見直しを示唆する発言まで行った。社会保障給付費の増大に対処し、消費税率アップなどの増税に傾いている谷垣禎一財務相、与謝野馨経済財政担当相とは異なる経済路線で、これがポスト小泉総裁レースの色を分けている。


底堅い各種景気指標
日銀は量的緩和策を導入する際、解除する場合の3条件を提示していた。それは@消費者物価指数(CPI)が数ヶ月継続してゼロ%以上Aそれが再びマイナスにならない見通しB経済・物価情勢を考慮し、総合的に判断する――の3つ。昨年10月に生鮮食品を除く総合指数(コアCPI)は前年同月比ゼロ%となり、11,12月は0.1%増と僅かながらプラス。3日の公表された1月分は、原油高騰の影響もあって0.5%増に達した。これに加え、実質GDP(国内総生産)の前期比伸び率は緩和策導入時の0.7%から1.4%に伸び、完全失業率は導入時の4.8%から4.5%に改善されるなど各種の景気指標や統計でも消費、設備投資などに底堅い数字が出た。景気好転の反映で賃上げ春闘も復活し、活気づいてきた。


初めて目安の数値目標
このため、政府側も「政府と日銀の景気認識にほとんど差はない。3条件が整い次第、日銀の判断でどうやってもらってもいいのではないか」(与謝野経済財政担当相)、「今の景気をどう見るかは色々意見があるが、独立性のある日銀が決めること」(谷垣財務相)と早期解除を容認、当初は4月以降と見られていた解除時期が早まった。2日間にわたり開かれた日銀の政策委員会・金融政策決定会合は9日、約5年間続けた金融の量的緩和策の解除を決めて即日実施するとともに、新たな市場安定化策を発表した。解除後も当面はゼロ金利を維持し、長期金利の急騰などを抑えて景気を下支えするが、金利や物価を安定させる新たな枠組みについては「中長期的に安定していると考える物価上昇率」として「前年度比0〜2%程度」を挙げ、福井総裁は「大勢として概ね1%の前後で分散」と説明。当面は1%前後が「物価安定化の持続的成長」の目安になることを初めて数値で示した。


ゼロ金利解除は秋以降か
これで竹中氏らが求める説明責任は一応果たし、市場の判断材料は増えたが、福井総裁は「数字を念頭に運営はするが、判断はあくまで総合的な経済情勢を見て行う」と繰り返し述べ、政策の機動性確保と政策運営のフリーハンドを保つ日銀の「自主性」を強調した。中長期の金利は事前に上昇し、既に住宅ローンなども上昇傾向にあるが、庶民が期待するゼロ金利の解除は、小泉首相が「脱デフレ宣言」を花道に退陣する秋以降と予測される。