北村の政治活動

 第104回(6月16日)年内に日露首脳会談 河野元農相の迫力

 ロシアのプーチン大統領は14日、11月に訪日する意向を訪露中の森喜朗前首相に伝えた。時期は、プーチン氏が同月18、19の両日、韓国・釜山で開くアジア太平洋経済協力会議(APEC)に出席する前後に予定されている。同大統領の来日は、1年前(昨年6月)の首脳会談で「今年初め」と合意されていたが、北方領土問題を巡る両国間の隔たりが大きいため大幅にずれ込んでいた。小泉首相は懸案の郵政民営化法案を成立させた後、国民の宿願である北方領土返還交渉を成就させたいと考えている。しかし、歯舞諸島、色丹島の両島返還を明記した半世紀前の日ソ共同宣言からは後退気味で、駐日ロシア大使が最近、「北方4島は日露共同管理方式で」と言い出す始末だ。森喜朗前首相は、歯舞、色丹の返還と国後、択捉の帰属問題を分離する『並行協議』を打ち出していたが、小泉首相が4年前の初首脳会談で「4島の帰属問題を解決することが重要」と4島を強調したため、ロシア側は態度を硬化させており、領土問題で打開策が示されるかどうかは未知数だ。

 行き詰るメモの秘録

 マスコミは去る3月、日ソ共同宣言の大詰め交渉で当時の河野一郎農相とフルシチョフ・ソ連共産党第一書記らが交わした息詰まるやりとりの秘録を一斉に報じた。河野氏は早大出で、恩師・白浜仁吉先生が福田派の前に属した河野派の領袖だ。なぜ外相を差し置いて農林大臣が日ソ国交正常化を果たしたのか。同じく私は農林行政を推進してきた稲門の後輩として大いに興味を抱く。早速「政治記者OB会報」を取り寄せて読んでみた。同会報は、日本代表団の通訳だった外務省欧米6課の故・野口芳雄氏のメモを保管していた河野氏の元秘書、石川達男氏(81)=元時事通信記者=が「外交機密にかかわるが、このまま埋もれさせてしまうのは惜しい」と公開に踏み切ったのを24ページに収録した。

 歯舞・色丹返還を明記

 日ソ共同宣言は、日本と旧ソ連が戦争状態を終了し、国交を回復した宣言。1956年10月19日にモスクワで鳩山一郎首相とブルガーニン首相が調印、同年12月12日に発効した。日本の国会、ソ連最高会議でそれぞれ批准され、条約同様の法的拘束力を持つ。宣言内容は@戦争状態の終結と外交使節交換A国連憲章の個別的・集団的自衛権確認B日本の国連加盟支持C抑留日本人の送還D対日賠償請求権の放棄E漁業条約・海難救助協定の発効――をうたい、第9項で平和条約交渉の継続を確認。そのうえで 1.ソ連は日本の要望に応えかつ日本の利益を考慮して、歯舞諸島および色丹島を引き渡すことに同意 2.ただし、これらの島は平和条約締結後に引き渡される――と明記した。

 河野・イシコフ会談で筋道

 旧ソ連は1945年(昭和20年)8月、終戦間近に日ソ中立条約を破棄して参戦、46年に千島・樺太領有を宣言、51年の対日講和条約調印に参加しなかったため、鳩山政権は54年の内閣成立後、日ソ国交正常化を表明。55年6月にロンドンで松本俊一、マリク両全権が会談、双方が平和条約案を示し領土問題を協議したが、確たる進展はなかった。そこへ登場したのが河野農相。松本全権は56年3月、ソ連の北洋漁業制限に抗議して帰国、代わってモスクワに乗り込んだ河野農相がイシコフ漁業相との間で会談を重ねて交渉は妥結。その際ブルガーニン首相とも会談し、国交交渉再開の道筋をつけた。この後7月、重光葵外相(全権)がモスクワ入りし、シェピーロフ外相、ブルガーニン首相、フルシチョフ第一書記と会談を続けた。だが、領土問題でソ連に譲歩の色が無く、重光全権はソ連案を呑んで妥結したいと請訓したが、政府はこれを認めず、やむなく帰国した。

 天馬空行く河野の外交手腕

 鳩山首相は同年9月、5項目の交渉要件をしたためた書簡をブルガーニン首相に送り、訪ソを閣議決定。漁業交渉でイシコフ氏と渡り合い、実績を上げた河野氏を全権に加え訪ソした。全権団は顧問に松本瀧蔵官房副長官、随員に高辻正己法制局次長、法眼晋作欧州参事官、斎藤鎮男情文一課長、砂田重民農相秘書官ら錚々たる顔ぶれが加わり、鳩山薫子夫人、石橋義夫首相秘書(現横綱審議会会長)らも同行した。会報に秘録を執筆した石川氏は「ことしは日露戦争の終結から100年。日本の敗戦間際、どさくさに紛れて占領された北方の島々は、そのまま還暦を迎えた」と書き出し、「日ソ国交回復交渉の立役者・河野一郎を松本俊一は著書[モスクワにかける虹]の序文で『絶望的な交渉が、あらゆる困難を乗り越え得たのは、鳩山さんの熱意と天馬空を行くような政治外交手腕を振るった河野さんの賜物』と述べたが、彼には気の重い交渉だった」と次のように綴っている。

 臨場感溢れた野口メモ

 <今も国会の語り草になっている爆弾質問(対米債権問題)で矢面に立たされた吉田茂首相は「河野君は外交のことを知らないから、そんなことを言うのでありまして…」と怒りを露わにした。河野は確かに外交の経験はない。しかし、真情を吐露しての押しと粘りは、フルシチョフをして、「私はいつの間にか日本人にされてしまい、クレムリンを追い出されてしまうかもしれぬ」とうならせた。一方、国内では保守合同間もない吉田・鳩山の確執が渦を巻き、「日ソ交渉ならぬ日日交渉」と世に言われたほど派閥体質が浮き彫りにされ、全権団の悩みは尽きなかった。>――。野口通訳のメモは、通り一遍の会談記録と違って、モスクワで行われた最終局面の11回に及ぶ交渉の詳細を、所作や表情、ジョークまで再現し、感情の起伏が分かるほど臨場感に溢れた記述をしている。国交交渉は当時未解決だった沖縄返還問題が北方領土問題と絡めて論議された史実を克明に伝えている。

 沖縄返還時に国後・択捉も

 車中会談を含め河野・イシコフ会談は4回、河野・フルシチョフ会談は4回、鳩山・ブルガーニン、河野・フェドレンコ外務次官、河野・グロムイコ第一外務次官会談が各1回、計11回の会談メモだが、圧巻は調印3日前の10月16日に行われた河野氏との会談。フルシチョフ氏は歯舞、色丹の引き渡しを宣言に盛り込むことに同意する一方で、その場合は「(2島返還で)領土問題は一切解決と見なす」と強調。河野氏は「米国が沖縄を返す時は国後、択捉も返して頂きたい。ソ連はあんなに広大な領土を持っておられるのだから」などと執拗に食い下がった。フルシチョフ氏は「北方4島は大した価値はない」と漏らしながらも、「(これ以上歩み寄れば)我々はクレムリンから追い出される」と拒絶した。河野氏は18日の第2回目会談で「領土問題を含む平和条約交渉を継続することに合意する」との日本案を示して食い下がったが、国後、択捉に関する交渉を嫌うフルシチョフ氏は「領土問題を含む」という文言の削除を要求。反論する河野氏を強引に押し切っている。

 河野流ハッタリと粘り

 ソ連は既に前年8月、歯舞・色丹(のみ)を返還する意向を示していた。これに対し、ダレス米国務長官が「2島での妥協なら沖縄を返還しない」と牽制、自民党は「2島即時返還、国後・択捉は継続交渉」を党議決定している。それだけに難交渉であり、河野氏は共同宣言を鳩山引退の花道にする気概で、「領土問題を含むとの原案は、電報を打って閣議決定をした」と実際は政府与党首脳会議に諮ったのを閣議と偽るなど、相当のハッタリを効かせてフルシチョフ氏に迫った。日本は今、拉致問題で北朝鮮の瀬戸際外交に振り回され、外交上手な中国、韓国には、首相の靖国参拝、歴史教科書、ガス田開発、漁業などの問題で舐められてばかりいるが、河野氏の迫力と粘り、テクニックは見習うべきだろう。
「政治記者0B会報」の野口メモは、外務省にも既に提出・公表されたと聞くので、編集者のお許しを得ないまま、勝手に領土に関するさわり部分の要旨を抜粋させて頂く。

 「広大な領土持つのだから」

 会談記録4 河野・フルシチョフ第1回会談(10月16日 中央委フルシチョフ事務室)
フルシチョフ 平和条約方式で領土問題を決定し、日本国および国民との友好関係を作るため我々は譲歩し、歯舞・色丹を渡すことにした。両島があまりにも北海道に接近し両国間の摩擦になることを恐れたからだ。日本側は共同声明の中で平和条約によらず歯舞・色丹を書き入れ、その後も領土問題とかの継続審議を提議したが、どうしても賛成できない。
河野 領土問題はサンフランシスコ条約と関係なしに解決したいので、平和条約方式を取りたくない。両島返還時期は米国の沖縄返還の時期だというが、この島が沖縄と同じ扱いなら日本国民は非常に失望する。鳩山総理は二度と再びこられない。米国が沖縄を返す時は国後・択捉も返して頂きたい。ソ連はあんなに広大な領土を持っておられるのだから。
フルシチョフ 日本人たちは何て頑固なんだろう。(両者笑う)

 「歯舞・色丹も価値はない」

 河野 日本としても国後・択捉はこれからの発展上、そう必要だとは思っていない。実はこれから米国に対し、大いに沖縄返還運動をしたいので、そのためにも返して欲しいのだ。
フルシチョフ 歯舞・色丹も大して価値はない。国後・択捉も同様だ。持っているだけで損がいく。問題はプレスティージとステラテジーにある。(だいぶ調子が砕けてくる)
我々もこんな島を引き渡せば、それだけ予算が助かるわけだ。
河野 よく気持ちは分かる。米国から沖縄を吐き出させるためにも、国後・択捉は返して頂き運動を有利にしたい。国民感情も考慮されたい。明日もう一度二人でお会い願いたい。
フルシチョフ 10時にしよう。何とか力になって上げたいが我々の立場も考えて欲しい。あなた達はさっさと帰る。我々はクレムリンから追い出されるということに…。(笑う)
河野 我々だって羽田で飛行機から降りられませんよ。
フルシチョフ 我々だって、何だ。政府は日本人になったのか、と国民から叩かれますよ。
(フルシチョフは非常に沈鬱に考えながらしゃべり、通訳の野口がメモしている表情を、じっと注意深く見つめていた)